1月2日のブログ 初詣のはしご

昨日は初詣へ行きました。

初詣は毎年成田山。
例年だと少し落ち着いた10日前後に出かけるのですが、今年は新潟住まいのため戻って来ているこの時しかお参りするチャンスがありませんので混雑を承知で出かけてみました。

すると、参道はこんな感じ。
大渋滞で動きません。
5分で10メートルぐらいでしょうか。

境内に入ってもこんな感じ。
動いていません。
中が空いてくると少しずつ入れます。
結局成田駅前の参道入口からお賽銭箱まで1時間半かかりました。

すごいですねえ。
何がすごいって、皆さんお金を持って並んでいるのですから。

お賽銭にいくら入れるかは人ぞれぞれだとしても、おみくじやお守り、お札などを買うとすると一人平均500円は行くでしょう。
この頭一つ一つが500円玉、あるいは1000円札で、それが朝から晩まで続くのですからすごいのであります。

では、どうしてこのようにたくさんの人々が来るのかというと、それは御利益(ごりやく)があるから。
何しろ家族皆健康で大きな病気一つせず、立派に成長できたのですから、我が家にとって成田山の御利益は大きいのであります。
昔は「皆が健康で過ごせますように。」というのがお願い事でしたが、最近では「ここまで家族が健康で過ごすことができましてありがとうございました。」「来年もお参りに来れますように頑張ります。」に変わってきました。

還暦の年は世間様では本厄といわれるようですが、成田山へのお参りには大きな階段を登らなければなりません。
来年も自分の足でこの階段を登れるように頑張らなければなりませんね。

さて、成田山の次に私が向かったのはこちら。
成田市台方にある麻賀多神社です。

こちらは知る人ぞ知る千葉のパワースポット。
たいそう御利益がある神社でございます。

興味のある方はググっていただければすぐにお分かりになると思いますが、お寺や神社が御利益があるというのは、私はお寺や神社を見ればわかると考えています。

つまり、建物や外観が立派で手入れが行き届いているところは信者が集まりお賽銭がたくさん集まってくるということですから、つまりは御利益があるのでありまして、誰も行かないようなうらぶれた感じのするところは、あまり御利益がないと考えております。

ここ麻賀多神社も近年こんなに立派な建物になりました。
少子化、過疎化の時代に、地域の氏神様としての存在だけでは生き残れません。
こんなに立派になるということは、まず第一に地域のこの神社を支える皆様方が繁栄しているということ。そして次に、地域外からお客様を呼び込んでいるということに他なりません。

つまり、昔々から伝わり、先人たちが守り抜いてきた神社やお寺が、その地域の人たちだけでは立ち行かなくなる時代ですが、遠方から人を呼ぶことができれば、その神社やお寺だけでなく、地域の繁栄にもつながるのです。
これってローカル線もまったく同じです。
そのローカル線を上手に使うことができず、赤字だ黒字だだけで要らないから捨ててしまうという地域は繁栄するはずがありません。

神社仏閣とローカル鉄道が同じなわけないだろうという人もいらっしゃるかもしれませんが、観光のスーパーコンテンツという点では全く同じなのです。
なぜならば、お伊勢参りや成田山詣で、あるいは出羽三山講など、物見遊山を含めてファンを集めることができるかどうかが古来からの観光の始まりだからです。

さてさて、お参りが観光というからにはそこにはやはり人を引き付ける魅力が必要です。
この麻賀多神社に来て本堂だけお参りして帰るようでは御利益はありません。
やはり、こちらにきちんとお参りしなければ。

境内裏手にひっそりとたたずむ天日津久神社です。

行かれてみればわかりますが、ここが千葉県最強のパワースポット。

私が余計なことを言うと怒る人が出てきますから余計なことは言いませんが、興味のある方は是非ググってみてください。

つまり、ここに来たら本社殿だけではなく裏にも回ってお参りをしなければ意味がないのです。

さて、お参りを済ませて新潟へ帰ろうと思っていたのですが、息子たちが来るという連絡が入りました。
巣立った息子達が新年のあいさつに来るということで、それじゃあとあわててスーパーに買出しに。
うちはここ数年お雑煮以外にはお正月の支度はしないことにしています。
だから家に何もない。

スーパーのお寿司にデリバリーピザ、そしてしゃぶしゃぶで大盛り上がりのお正月となりました。
私は途中で記憶が飛んで、緊急地震速報にも気づかず、ゆらゆらと体が揺れている夢を見ました。

そして、1月2日のブログを3日の朝に書いているのであります。

さっそく御利益をいただいた楽しい正月の晩でした。