台湾鉄道三昧の旅 2日目

本日2日目は高雄から出発して台東を往復する特別列車の旅です。

 

 

早朝の高雄駅。

皆さん集合したところで、台湾現地の代表の方が今日の列車の説明してくれています。

 

皆さん、誰だかお分かりですよね。

11月20日のブログで紹介しました台湾の南方公園という鉄道ファンクラブの黃程勁くんです。

今日の貸切列車は、彼らのグループが中心になって企画して、そこに私たち団体がジョインさせていただく形で実現しました。

 

 

8:10発 専車(貸切)と書いてあるのがその特別列車です。

 

ホームに入ってきました。

DR2700形ディーゼルカー、堂々の7両編成です。

この列車は1960年代から台湾国鉄で活躍するかつての特別急行用車両で、「光華号」に活躍した車両です。

ステンレス製の当時としては花形の列車で、日本の東急車両が製造したものです。

 

発車前のホームはこの人だかり。

何がすごいかって、7両編成の列車のうち6両が台湾人のお客様で満席。

私たちは最後部の1両を貸切りましたが、台湾人のお客様は皆さん女性や家族連ればかり。

もちろんマニアっぽい人たちもいますが、6両を満席にするだけのお客様ですから、一般の家族連れやグループ客がほとんどなのです。

これが日本との大きな違いですね。

日本の鉄道趣味の偏狭さに比べると、実に間口が広い感じを受けました。

 

ほらね。こちらが台湾人の車両。女性やファミリーばかり。

それに対して、私たちの車両。

窓が開く列車とあって、大人になりきれなかった昭和の子供たちが大喜びです。

窓から顔を出すと危ないですよ。

などという必要は彼らにはありません。

そういう時代を過ごしてきた人たちですから。

 

同じことを考えてたりして。

 

臨時列車ですから途中駅で長時間停車して定期列車を退避します。

そういう駅では昭和の子供たちがホームに出てきて・・・

おお、重連の急行が来ましたね。

シャッターチャンスを逃しません。

 

 

こちらは記念撮影用の停車駅。

単線の駅、いすみ鉄道で言えば総元駅や上総中川駅のようなところで20数分停車して撮影タイムです。

皆さん線路の中に入って思い思いに記念撮影。

日本では考えられない光景です。

 

では、日本ではなぜ線路の中に入ってはいけないのでしょうか?

危険だから?

 

いろいろいう人はいると思いますが、線路の中に入って行けない理由は2つあります。

1つは危険だから。

これは、ダイヤを知らない人は列車がいつ来るかわからないですから、勝手に入ると危険なのです。

あたりまえですよね。

もう1つは、鉄道敷地内だから。

他人の敷地に勝手に入ってはいけません。

これも当たり前ですよね。

 

では、この駅の場合、他に線路がない単線の駅ですから、この列車が止まっている限りは他の列車は来ません。

だから危険ではありません。列車の往来を妨害する罪に引っかかる可能性はありません。

鉄道敷地内であっても、この人たちはこの列車のお客様で運賃をお支払いいただいていて、このイベントの参加者であり、その参加者に対して鉄道会社の職員が複数名立ち会って、「どうぞ、写真を撮っても良いですよ。」と言っているわけですから、敷地内の無断立入にはなりません。

つまり、日本も台湾も同じなのです。

 

だから私も1枚撮影。

 

そして鉄道三昧ツアー参加者全員で記念撮影です。

 

 

乗務員さんも人気者です。

やはり、昭和の車両ですから、お客様も昭和のお姉さん方が多く、これまた日本も台湾も同じですね。

 

ちなみにこの駅、知る人ぞ知る秘境駅で、実は1日に停車する列車は上下各2本しかないという、ふつうの旅行者ならまずは降り立つことができない駅なのです。

こういうところに停めてくれるのですから、参加する価値があるのです。

 

この列車の旅のハイライトはこの区間。

太平洋を望む区間です。

この駅は多良駅という駅だったのですが、こんなところですから乗降客がいない。

乗降客がいないから数年前に廃駅になったのです。

でも、景色が良いでしょう。

廃駅になるという噂が出たあたりから有名になって来て、観光客が訪れるようになりました。

だから、ホームもそのままに、時々、観光列車が停まるようです。

 

だから、ほら、見えますか? 右上の建物の屋上にたくさんの人たちが。

旧駅舎の屋上が有名な撮影スポットになったんです。

このあたり、どこかのJRと違いますね。

日本人は台湾人から学ぶことがたくさんあるのです。

 

 

そうこうしているうちにお昼ごはん。

もちろん本日も駅弁です。

今日の駅弁は、先日、越後心動鉄道の関山駅と姉妹駅締結をした台湾国鉄の関山駅の駅弁。

 

中身はこちら。

いやいや、実に美味でございました。

 

 

 

さて、台東からの帰路は7号車が先頭車。

黄くんが7月にいすみ鉄道が参加した台北の弁当祭りで購入してくれたサボを持ってきてくれましたので、よし、取り付けようということで、前面に付けたのであります。

 

ほらね。

 

ちなみにこのヘッドマークにも、ちゃんと、いすみ鉄道の文字が入っているのですよ。

見えますか?

 

 

こうやって台湾の昭和の記念列車は走ったのであります。

 

今頃、沿線で撮影していた台湾の鉄道ファンの皆様は、自分が撮影した画像を見ながら、「なんだこれ? 大原ー上総中野って?」と思っていることでしょう。

大きな宣伝です。

 

さて、ラッキーなこの前面展望特等席をゲットしたのは、中学1年生のソネ君と、私が生まれたころ中学生だったワシノ君の2人。

 

台湾海峡に沈む夕日に照らされた、「未来ある者と、過去ある者」です。

鉄道って、実に不思議なパワーがあって、13歳のソネ君と70歳のワシノ君が、席を並べて同じ会話ができるんです。

スポーツなどもそうですが、共通の趣味というのは年齢関係ないのです。

この席で、2時間以上にわたって、この二人が意気投合していましたが、いったいどんな話をしたのでしょうか?

 

実は私、ソネ君と同じ年齢の中学1年生の時、山陰本線の列車に乗って下関から浜田まで、D51に揺られました。

その時のことは今でもはっきり覚えています。

機関士さんや駅員さん、車掌さんが、いろいろモチベーションを与えてくれたんですね、きっと。

ソネ君も、初めての台湾で、前面展望かぶりつきは、もしかしたら、30年、40年経っても覚えていてくれるかもしれません。

 

その時は私もワシノ君ももう居ませんが、そういうことって大切だと、皆さん同じ考えなのではないでしょうか。

今回初参加のソネ君に対して、SL時代からカメラを持って駆け回っている昭和の少年たちは、皆さんいろいろと語ってくれていましたから、皆、彼の中に昔の自分を見ていたのだと思います。

 

 

 

ということで、本日の夕食は2食目の駅弁。

台湾に来てから4つ目の駅弁です。

でも、これがうまいんだなあ。

ホカホカで温かいし。

 

それぞれのご当地駅弁を用意しているのも、この旅の特別なところなのでございます。

 

高尾着19:10.

なんと、11時間も列車に乗って、高雄ー台東を往復した1日でした。

 

皆様、本日もお疲れさまでございました。