年末年始輸送 無事終了

12月30日から本日1月3日まで、年末年始の休日ダイヤで運転いたしましたが、私にとっては毎年恒例の怒涛のような5日間が無事に終了し、ホッとしております。

今年は大晦日のキハの終夜運転を含めた期間中のキハの連続使用で、無事に走り通せるかが大変心配でしたが、キハ52が1エンジン走行、キハ28のトイレが故障など、トラブルは発生したものの、影山主任を始めとするスタッフのおかげで、何とか5日間、運転事故等もなく無事に終了することができました。

 

数年前までは年末年始というと最大の閑散期で、のんびりと過ごすことができた職場だったのですが、毎年毎年お客様の数が増えてきまして、今年は昨日の国吉駅の餅つき大会に500名ものお客様がいらしていただいて、大賑わいになりましたし、キハの列車も確か2014年には「キハ52の単行運転」でしたが、今年はとてもじゃないけど1両では対応できないお客様のご乗車となりました。

 

ご乗車いただきました皆様方、ありがとうございました。

 

ということで、本日は予告通りの急行「能登路」の運転を行いました。

 

 

 

 

上2枚、「砂丘」と「うわじま」は昨日。

下の「能登路」が本日です。

国鉄形というのは万能選手で、このキハ58系(形式:キハ28)は全国で活躍した車両ですから、ヘッドマークを取り換えるだけで、すでに廃止されてしまった国鉄時代の急行列車に早変わりするのです。

だから、見る人が見れば、いすみ鉄道沿線には縁もゆかりもない人でも、懐かしいふるさとの急行列車になるわけで、千葉県の房総半島の里山の景色が、四国の山の中になったり、中国地方になったり、そして本日は能登半島となったのでございます。

 

 

 

でもって、沿線には朝8時過ぎからこのように各地でカメラマンが待ち構えているわけで、それはなぜかというと、朝の100D快速列車がキハ28を撮影するには一番光線状態が良いからなのです。

 

 

でもって、もう一度この写真をご覧いただこうと思いますが、朝8時半前に大多喜駅を出る快速列車です。

快速列車ですから、貫通扉の上にある種別表示は通常は「快速」と表示するのですが、国鉄時代の「能登路」は急行列車で快速ではありません。でも、いすみ鉄道としては時刻表に載っている営業列車ですから「急行」と表示することはできません。だからわざわざ「白幕」にしてあるのです。

国鉄時代の急行列車は末端区間へ行くと普通列車として走ることがよくありましたが、この「能登路」も金沢から急行列車で走ってきて、能登線の末端区間に入って普通列車となって、でもヘッドマークはそのままで走りましたよ、というストーリーなのです。

こういうことを社長である私がいちいち細かく言わなくても、当日の乗務員はこのぐらいのことは自分たちで考えて、車庫から出てきた車両を見たらこうなっていたのですから、私は、いすみ鉄道のスタッフって、「こいつら、他だもんじゃないな。」と思うわけです。

ただ、イベントとして、上から言われているからというやらされている感が全くないのですから、こういうスタッフはきちんと評価してあげないといけないのではないかと、私は社長としていつも思うのです。

 

 

こちらは急行表示の「能登路」。

 

 

 

ドアサボも「能登路」を付けて、反対側のキハ52にも取り付けてみましたが、たったこれだけで日が陰った上総中野駅にもこれだけのお客様がいらしていただけるのですから、ありがたいことですね。

 

実は、この「能登路」のヘッドマークは千葉市内のMさんという元JR職員の方が「何かのイベントで使用してください。」とお贈り下さいました「本物」で、こういう形で使用できましたことは、きっとMさんのご希望にも添えるのではないかと考えております。

そういう、いろいろな人たちの思いを乗せて、いすみ鉄道のキハはこの5日間頑張って走ってくれました。

 

そうそう、朝日新聞さんが今朝の朝刊で昨日の餅つきの様子を報じてくれました。

デジタル版になりますが、どうぞ こちら をご覧ください。

 

私は明日、1日だけのお正月休みをいただきます。

 

 

追伸

 

昨日の餅つき大会で大活躍していただきましたカケス団長さんを筆頭に、地域の応援団の皆様、地域外からお手伝いに駆け付けていただきました応援団の皆様、もち米をご提供いただきました地域の農家の皆様、毎年のことではございますが、ありがとうございました。

鉄道会社の行事ではなくて、応援団の自主的行事という所が、地方創生なのでしょうね。

朝日新聞さんや千葉日報さんが報じてくれるというのは、そう言うところだと思います。

また、遠路はるばる秋田から応援にいらしていただきました由利高原鉄道の春田社長さん。

ありがとうございました。

その後の新年会で大ブレイクされていましたが、本日は無事に秋田へ帰りつかれましたでしょうか?

春田社長さんのパフォーマンスに、全員が酔いしれた夜でした。

大変お疲れ様でした。

 

私にとって怒涛の5日間というのは、つまりはそう言うことなのであります。

 

おかげさまで楽しいお正月を過ごすことができました。

 

感謝、感謝です。