飛行機の定刻出発

空港内のポスターや掲示で、「当社は定時出発率世界第一位」とか「定時出発率90何パーセント達成」などと書かれているのを見たことがある方もいらっしゃると思います。

でも、本当なのでしょうか?

 

皆さんはそう感じることはありませんか?

 

定時出発率90%といってますが、10回飛行機に乗って、そのうちの9回は定刻に出発していますか?

 

飛行機の場合の定刻出発とは、時刻表に書かれている出発時刻に飛行機がプッシュバックするかどうかです。

電車の場合はドアが閉まってから動き出すまでにほとんど差がありませんが、飛行機の場合は、全員が乗り込んで、ドアが閉まって、管制塔から出発の許可をもらって、トラクターが飛行機を押し出してゲートを離れる時刻が出発時刻ですから、お客様が乗り込んでドアが閉まった後、飛行機が動き出すまでに時差が大きくあります。

だから、出発時刻の12分前にゲートに行けばいいだろうと、電車のつもりのお客さんが一人でもいると、それだけで定刻出発ができません。最近、「搭乗口には10分前までにお越しください。」とか、「この時刻を過ぎるとお乗りいただけないことがあります。」などと半ば脅迫のようなインフォメーションを流しているのも、お客様の意識改革を狙っているもので、それだけ航空会社が定刻出発にこだわっているのは、飛行機をできるだけ多く回すことで、少しでも多くの収入を得ようとしているからであります。

 

飛行機は機種ごとに、または路線ごとに折り返しのための準備時間(ターンアラウンドタイム)が決められていて、例えばボーイング737ならば45分。777ならば1時間と、降機から機内清掃、搭乗の時間を合計するとミニマムの時間が決められて、それにしたがってダイヤを設定していきます。

昨今、小さな飛行機が重宝がられる時代になりましたが、飛行時間1時間の区間であれば、折り返し時間に差が出ますから、例えばボーイング737であれば、羽田を出発して1時間のところを往復するのに2時間45分。ボーイング777ならば3時間の計算になります。そうすると、このような運用を3往復もすれば、737ならばもう1フライトすることが可能になるわけで、これがLCCなどで小型機が多用されるひとつの理由となっています。

つまり、航空会社は1回でも多く、できるだけたくさん飛行機を回転させることで、利益を出そうとする考え方があるのですが、そういうギリギリの状況の中で、運用しているにもかかわらず、きちんと飛行機が定刻に出発する。それも9割以上の定時出発率を誇っているのですから、これは奇跡か神がかりか、と思われる方が多いのではないでしょうか。

 

実際、先日もある地方の県庁所在地から夜20時の羽田行の便に搭乗しましたとき、その飛行機の出発時刻は2005だったのですが、ドアが閉まったのは2002。でもそのまま飛行機はゲートを動きません。

機長が機内アナウンスで、「この時間帯は羽田空港周辺の混雑のため、管制当局から出発の見合わせを指示されております。当機は出発準備が整っておりますが、ここでしばらくの間待機します。」とアナウンスがありました。実際に飛行機がゲートを離れたのが2011。ところが離陸の時刻が指定されているからでしょう。滑走路へ向かうのが超ゆっくりで、歩いたほうが早いぐらいの速度でのろのろと向かいます。そして滑走路の端に到着して離陸したのが2027でした。

地方空港でゲートを出てから離陸するまで16分もかかるなんてことはよほどの事態です。

 

また、こんなことも有ります。

出発時刻になっても搭乗開始しない。どうしたのかと思ったら「使用します飛行機が当空港へ到着が遅れました関係で、機内準備に時間を要しております。搭乗開始まで今しばらくお待ちください。」とアナウンスがありました。

こういうことはしょっちゅうなのにもかかわらず「定時出発率ナンバーワン」などといわれるのは、一般のお客様から見たら「誇大広告も甚だしい。」と感じるのではないかと思います。

 

種明かしをすれば、実は定時出発の定義というものがあって、基本的には定時出発は出発空港のその航空会社の事務所(たとえば日本航空羽田空港支店)の達成目標なのですが、それには除外規定がたくさんあるのです。

まず第一に、出発時刻までにお客様が搭乗完了しドアが閉まります。そのあと、管制塔から離陸の許可が出ない。そして出発時刻を過ぎてしまった場合は、「遅延」扱いにはなりますが、これは管制許可というある意味不可抗力的な、航空会社が努力しても回避できない理由になりますから、遅れの理由は「ATC(管制)」となり、航空会社の責任にはなりません。つまり、定刻までにドアを閉めたことで、「定時出発」となります。

 

「使用します航空機の到着遅れのため。」はどうでしょうか。

これも、不可抗力の積み重ねによるものと考えられます。だから、遅れて到着した飛行機がゲートに着いた時刻から、その航空機に機種ごとに決められている最少折り返し時間、例えばボーイング737ならば45分以内に、折り返し便として出発させることができれば(ドアを閉めることができれば)、その便そのものは遅れて出発してはいるものの、航空会社の理由にはなりませんから、定刻出発となるのです。

 

例えば、こんなこともあります。飛行機が駐機して折り返し作業しているときに雷が鳴り始めました。空港のランプは落雷の危険が大変高いところですから、すべての作業を中止して作業員は屋内退避となります。当然、飛行機の出発は遅くなります。

こういう場合も、作業を中断した時間は不可抗力ですから、決められた標準の折り返し時間内で出発できれば、実際には遅延したとしても定刻出発ということになるのです。

 

一例をあげます。

1200発の便の使用機材はB737です。

使用する飛行機の到着予定時刻は1115でしたが、実際に飛行機が到着したのが1130でした。この時点で出発時刻は1215に変更されます。「使用機到着遅れのための遅延」です。

ところが、折り返し作業中に落雷注意報が発令されました。このため、1145から1200まで、15分間地上作業が中断されました。結局、飛行機にお客様が搭乗開始したのが1215。全員が乗り終わってドアを閉めたのが1230でした。

でも、管制塔から許可をもらうのに5分かかりましたので、その飛行機がプッシュバックしてゲートを離れたのは1235でした。

本当は12時ちょうどに出発する飛行機が12:35に出発しました。

45分で折り返しができる飛行機が折り返しまでに65分かかりました。

これはお客様から見たら完全に遅延ですね。

 

でも、この場合、遅延理由は次のように分析されます。

使用機到着遅れ15

天候15

ATC5

この理由は全て不可抗力によるものですから、1200発の飛行機が1235に出発する、つまり35分も遅れたにもかかわらず、この便は「定刻出発」として登録されることになります。

そして、この遅延理由の定義は、その会社だけの規定ではなく、日本だけのものではなく、世界共通の定義付けですから、物差しが統一されていることになりますので、誇大広告でも何でもないということになるのです。

 

これは一種のトリックのようなものですが、各航空会社の現場の責任者というのは、毎日がこの時間との戦いであり、かつての私に求められていたKPIでもあります。

 

なぜ、最近このような表示をするようになったのか。

それは、LCC(格安航空会社)との競争です。

大手の会社はLCCとは価格で勝負することができませんから、輸送の質で勝負しようとしているからです。

LCCは飛行機の回転を上げるために折り返し地点での駐機時間を短く設定しています。

すると、どうしても遅延が恒常的になりがちです。

だから、大手はその部分を自社のPRに使おうとしているということなのです。

 

 

 

 

ていうようなことを考えていたら、今度は定時到着率だって。

まあ、何時に出発しようが、お客様にとっては目的地にきちんと時間通りに到着してくれればそれでよいわけですから、こちらの方がありがたいと思うのですが、きっとまた、この数字にもからくりがあるんだろうなあ。

 

そんなことを考えてしまう元業界人でございます。