なぜムーミン列車なのか? その3

田舎にあこがれる都会人にとって、一番わかりやすい題材はローカル線です。
ローカル線があればテレビが来てくれるし、情報発信もしやすいから話題性にもなります。今の時代、何の話題にもならずに静かにしているだけでは朽ちていくだけなのですから、テレビでもSNSでも、話題に上ることが、忘れ去られないための第一歩であって、それを手っ取り早くできるのがローカル線なんです。
そこで私は「ムーミン列車」を走らせて、今まで地域の足としてだけに特化してきたいすみ鉄道というローカル線を観光鉄道化して、観光鉄道としてお客様にたくさんいらしていただくことができるということを証明しました。
ローカル線というのは全国にあって、それぞれのところでそれぞれのローカル線が色々なことをやって話題になっています。
でも、いすみ鉄道のムーミン列車が、他のローカル線と違うところは、ほとんどお金をかけていないところで、蒸気機関車を走らせたり、展望列車を走らせられるところは良いけれど、そうじゃないところだって、お金を掛けずとも活性化できますよという証明をしていることなんです。
先日、鳥取県の若桜鉄道で行われたSL走行社会実験も、SLという大変にお金がかかるツールを使いながらも、鉄道会社の出費は250万円で収まったようですから、私と同じ公募社長である山田社長さんも、基本的な考え方は同じだということなんですね。
お金があれば、お金を掛ければ何でもできるということであれば、今の日本では必ず大きな会社が勝つようになっています。スケールで勝負しようとしたら、必ず東京の会社が勝つような仕組みが今の日本のビジネスシステムになっています。
だから、田舎の小さな町や小さな会社は、どうやったらお金を掛けずに勝負ができるかということを考えることで勝負をしなければならないと思いますし、それができれば、全国津々浦々の田舎でも東京と勝負ができるということだと私は考えて、お金がないいすみ鉄道が、どうやって勝負していくかということを、こうやって可視化して実践しているわけです。
何しろ、いすみ鉄道は、6~7年前までは全国のローカル線の中で、知名度も営業成績も下から数えた方が早いような路線でしたから、そのいすみ鉄道でうまく行く方法であれば、全国どこでやったってうまく行くということの証明になるわけです。
だから、私としては何とかいすみ鉄道の再建を成功させることが、全国のローカル線を廃止にしなくてもすむ方法だと考えているわけで、そのためにブログやSNSで実践に当たっての失敗事例や成功事例などを、ある程度面白おかしく、わかりやすいように事細かにお伝えし、他の人たちもいすみ鉄道でうまく行ったのと同じようにすれば、またはいすみ鉄道で失敗したことはやらないようにすれば、自分たちの鉄道や地域がうまく行きますよ、と伝えているわけです。
では、どうしてムーミンなのかはご理解いただけたとして、どうして「ゆるキャラ」じゃないのか? という疑問をお持ちの方もいらっしゃると思います。
昨今流行りのゆるキャラをいすみ鉄道オリジナルで作れば、ムーミンの版権使用料などかかりませんから、お金がないいすみ鉄道ならばそうするべきじゃないのですか。とか、かわいいゆるキャラを作りましょうよという声も私が就任した当初はいろいろな人から聞かれました。その当時はまだいすみ鉄道沿線地域にゆるキャラはありませんでしたから、なおさらだったんだと思います。
でも、私は最初からゆるキャラをやるつもりはありませんでした。
どうしてかというと、ゆるキャラというのは、誕生してから長い時間をかけて育てていくものであって、知名度が広まる可能性がすべてのキャラクターにあるわけではなく、上手にキャンペーンをして初めて定着するものだからで、期限を区切ってお客さんの数を伸ばしたり、売り上げを上げることが求められているいすみ鉄道が、オリジナルのゆるキャラを作ることをするのであれば、お金を払ってでも既存の、すでに世間に認知されているキャラクターを使った方が効果が確約されているからなんです。
皆さん、例えばコンビニの店内を見まわしてみて気が付くことといったらどんなことでしょうか。
物が売れない時代、コンビニの商品は、次から次に新製品が出てきては消えていきました。ビール、カップラーメン、スナック菓子など、新しい味や新しい材料で、目先の変わったものがやたらたくさん出てきては消えていきましたが、そういうことを繰り返していくうちにどうなったかというと、今度は、すでに売れていて人気が定着している商品が、形を変えて出てくるようになりました。例を挙げれば、ポッキーというチョコレート菓子が、形を変えてジャンボポッキーになったりアイスになったりしました。板チョコが同じ味なのに一口サイズに形を変えたり、大きさを変えたりしました。スーパードライにプレミアムが出るなんてのも同じですが、こうすることで、既存の商品に慣れ親しんだ消費者が、新しい商品を手に取りやすくして行ったのです。
こういうことを考えると、ゆるキャラというのは新商品と同じです。売れるか売れないかわかりませんし、売れなかったとしたら、じっくりと育てていかなければならない種類のものです。それに対してムーミンはすでに認知度があり、全国の人たちが知っています。だから、私は契約するのに多少お金がかかっても効果が確約されているムーミンを選んだわけで、逆に言うと、ゆるキャラのようなものは、行政が長い時間をかけて育てていくべきもので、行政がやるのであれば費用対効果の測定や検証もしなくても済みますから、そういう種類の道具なのだと思います。
事実、今、日本全体で、数えたことはないからわかりませんが、2000か3000ぐらいのご当地キャラが存在していると思いますから、その中で頭角を現すというのは至難の技なんですね。
いすみ鉄道がムーミン列車を始めて1年ほどした時に、千葉県で国体がありました。その国体で大々的に活躍したのが千葉県のマスコットキャラクターである「チーバくん」ですが、国体という全国規模の情報発信をしているにもかかわらず、チーバくんがどれだけ全国に知れ渡ったかというと、はなはだ疑問です。
当時小学生だった藤沢に住んでいる私の甥っ子が、チーバくんを見て、「おじさん、あの赤いの何?」と言ったのを聞いて、「やっぱりいすみ鉄道はゆるキャラを導入しなくてよかった。」と思いました。何しろ、国体で大々的に宣伝しているにもかかわらず、神奈川県に住んでいる子供が千葉県のゆるキャラを知らないのですから、所詮その程度のものなのです。
こういうことを言うと、ご当地キャラというのは、地域の人たちに愛されるべきもので、全国区になる必要はないんだと言う関係者もいると思いますが、せっかく作った着ぐるみを「汚れるといけないから」と言って外に出さずにしまっておくだけのところもあるのを見ると、「それって税金でしょ?」と、ふだん口うるさく言われている分、こちらも巻き返しをしたくなるというものです。
このように、ご当地キャラであるゆるキャラは、全国各地に登場したにもかかわらず、人気度や効果などを一切検証されることなく、そのうち淘汰の時期を迎えると思いますので、いすみ鉄道としては、お金を払ってでも「ムーミン」を使おうという判断は間違ってはいなかったと、私は今でも思います。
皆さん、いかがでしたか。
3回にわたりお話をさせていただきましたが、以上が、私がいすみ鉄道がムーミン列車を走らせている本当の理由なのでございます。
こうして考えると、6年という時間をかけて、いすみ鉄道イコールムーミン列車というのはかなり定着してきたのではないでしょうか。
これからゴールデンウィークに向けて、素晴らしい景色の中をムーミン列車は走ります。
皆さん、どうぞ房総のムーミン谷へいらしてみてくださいね。
次回は、廃れているものを元気にさせるパワーについてお話しさせていただきましょう。
(おわり)