福岡県商工会 経営改善普及事業及事業運営研究会

先日、JR九州のななつ星に乗せていただいたお話をしましたが、私が福岡へ出かけた理由はななつ星ではなくて、実は福岡県商工会の経営相談員の皆様方の研究会に出席するためです。

いすみ鉄道沿線にはいすみ市商工会と大多喜町商工会がありますが、今、この2つの商工会は、好むと好まざるとにかかわらず、いすみ鉄道を地元の活性化につなげて頑張っている商工会として全国的に有名になっていて、私は、千葉県だけでなく、全国あちこちの商工会の皆様方から、その手法を教えてほしいと呼ばれているのでありまして、先月は群馬県、山口県柳井市に招かれましたし、今回は福岡県全体の商工会の職員が参加する研修会でお話をさせていただいた次第です。
田舎の町には、今までの経緯やいろいろなしがらみがあって、長年にわたるそういう経緯やしがらみで、ニッチもサッチモいかなくなっているのが現状だと思いますが、おそらくそういう経緯やしがらみは全国共通の課題で、だからこそ日本全国の田舎が同時に疲弊し、衰退しているわけです。
そんな時、いすみ鉄道の事例を成功例としてお話しさせていただくことで、地元の皆様方は、全国共通の課題ゆえにそこから解決の糸口を見つけ出すことができると思いますし、成功事例だけでなく、失敗事例や、何度言っても動き出さない事例などを含めて、全国の田舎で、「何とかしなくちゃいけない」と危機感を持って頑張っている人たちにはお役に立つのではないかと思います。
さて、福岡県が私を呼んでくれた理由は定かではありませんが、実は福岡県にはいすみ鉄道のような旧国鉄のローカル線を引き継いだ第3セクター鉄道が2つあって、1つは甘木鉄道で、もう1つは平成筑豊鉄道ですが、甘木鉄道の方はまだ地域交通としてかろうじて成り立っているものの、平成筑豊鉄道は路線長が長いこともあって、沿線の少子高齢化で、見る人が見ればそろそろ将来が危うくなってきているのがわかる状況で、今、手を打たなければならない時期に来ているようです。
だから商工会だけでなく、福岡県庁の交通部門もそうだし、沿線自治体もそうですが、いすみ鉄道の事例がとても参考になるようで、つまり、どうすればうまく行くかということだけでなく、どういうところが動かないか、どういう人たちが足かせになっているか、上下分離は万能か、などということも、私はすべてお話していますから、お役にたっているのではないかと思うのであります。
さて、今回の研修会にも平成筑豊鉄道沿線の商工会の方々がたくさん見えられていらっしゃいましたが、ローカル線を使ってどうやって活性化するか、例えば私が平成筑豊鉄道をちょっと見ただけで、「ここにはお金が落ちている」と思うところを、当日は時間の関係でお話しできませんでしたので、ここにお話しさせていただきたいと思います。

平成筑豊鉄道は、いすみ鉄道と同じ非電化路線で、いすみ鉄道の新型車両と同じタイプのディーゼルカーが1両で走る路線です。
私は先月、ここを訪ねてきて、列車に乗って沿線を走るだけで、「ここ、いいなあ。」と思うところがいくつかありました。
数か所写真を撮ってきましたので、どうぞご覧下さい。

まずはこのトンネル。
普通のトンネルと少し違うのわかりますか?
このトンネルは石坂トンネルといって、入口が大きいのが特長です。
トンネルが作られたのは明治28年で、九州最古のトンネル。
ということは九州で最初に鉄道が引かれたところと言っても良いわけですが、なぜ入口が大きいかというと、将来複線化するために、複線用にトンネルを掘っていたからなんです。
そう考えると、明治の人たちは先を見越してインフラ整備をしていたということが良くわかりますから、それだけでも今の日本人は見習わなければなりませんが、実はこの田川線は筑豊炭田からの石炭を運び出すためのルートとして建設されましたから、それだけ交通量が多かったということなんですね。
つまり、貨物列車を多数運転するために複線化する前提だったのです。
実際には筑豊本線や日田彦山線などが整備されたことから、田川線は複線化されませんでしたが、今でもこうやって当時のしのぶことができるこのトンネルは、宝物なんですね。


勾金(まがりかね)駅と油須原(ゆすばる)駅です。
1両編成のディーゼルカーが走る路線にしては駅構内が広く、ホームも長いでしょう。
これも、石炭輸送当時、長編成の貨物列車が通っていた名残です。

こういうホームに、こういうものを置いてみただけで絵になるわけで、プロデュースの仕方ではこれだけで立派な観光地です。

途中で見かけたレンガの壁。実は国鉄時代末期に廃止された添田(そえだ)線という線路の橋げたです。これも使えますよね。

こういう駅舎も貴重品です。
台湾国鉄なら駅舎だけで立派な観光地です。

非電化の複線区間というのもなかなか貴重です。
北海道の室蘭本線(沼ノ端―追分間)でもこういう非電化複線区間が見られますが、どちらも石炭を積んだ貨物列車がひっきりなしに走っていた証拠です。
これも立派な観光資源です。

終点の直方(のうがた)駅に近くなるとJR筑豊本線と並走しますが、ローカル線にもかかわらず複々線というのも資源ですねえ。
そして前方に見える薄いグリーンの橋にご注目ください。
左上にある直方石炭記念館への陸橋ですが、実はこの橋桁は蒸気機関車時代のターンテーブル(転車台)の廃物利用です。
これだけでいくつの観光資源がありますか?
いすみ鉄道は警報機も遮断機もない踏切でさえ観光資源として利用していますから、いすみ鉄道から見たら筑豊地区の皆様方はとてもうらやましい存在だということです。
でも、こういう話をすると、鉄道マニア向けのやり方なんじゃないの? 普通の人は来ないよ、という言い方をする人が必ず出てきます。
では逆にお聞きしますが、「普通の人」とか「普通の観光客」って誰のことですか?
京都や奈良などの国際観光地ならともかく、筑豊炭田の今の姿は一般受けする観光地ではありません。
でも、継続して情報を発信していくことで、「筑豊へ行ってみたい。」という観光客が出てくるし、そういうニッチ(隙間)の需要を取り込むだけでも、平成筑豊鉄道沿線のビジネスの器(うつわ)を見る限り、手一杯になるはずです。
普通の観光地になって、観光バスが1日に50台も100台も来るようになっては、おもてなし対応などできるはずもなく、クレームの嵐になることは目に見えているわけで、今、観光地でないところを観光地にしようとするときは、そういう一般受けする需要じゃないところで勝負しなければならないのです。
だから、寅さん映画の中で、寅さんと志穂美悦子が「さよなら」をする田川伊田駅のホームなど、今でもそのままの状態で残っている場所をルートで紹介するだけで、十分ファンができるものなのです。





1986年の寅さん映画で登場する田川伊田駅での別れのシーン。
このホームは現在平成筑豊鉄道になっていますが、今も当時の面影をよく残しています。
寅さんファンなら訪ねてみたいところです。
走り去るディーゼルカーはキハ28ですよ。
これがお金が落ちているということなのですが、皆様お解りいただけますでしょうか。