ローカル線をブランド化する。 その3

ローカル線をファンビジネスにしようと考えたきっかけは、実はこんなことがあったからなんです。
ある時、駅の待合室で何やらお客さんが怒っている。
そして黄色いジャンバーを着た地元の応援団の人たちが謝っているんです。
近づいてみるとそのお客さんは、
「せっかく来たのに何もないじゃないか。」と言って怒っていて、応援団の人たちは、それに対して、
「すみません。せっかく来ていただいたのに何もなくてごめんなさい。」と言って謝っているのです。
田舎の人というのは、ただでさえ東京に負けてると思っています。
学校を卒業すると若い人は皆東京に行ってしまいますし、田舎に残って頑張っている人たちも、東京に行った同級生らには引け目を感じる人が多い。
そういう田舎のローカル線の駅で、東京から来た人が怒っていて、地元の人がそれに対してしきりに謝っている。
私は、そういう構図は絶対にいけない。地域のためにならないと思いましたので、このポスターを作って駅の待合室や列車の中などに貼ったのです。

「ここには何もないがあります。」というこのポスター。
東京育ちの私は、東京の人間の田舎の人に対する横柄さがわかりますから、許せなかったんです。
だから、このポスターを駅や車内のいたるところに貼った。
それでも雑誌に出ていたとか、テレビで見たからという程度の軽い気持ちでいすみ鉄道にやってくる人はたくさんいて、そういう人から見ると沿線には特に見るところなどありませんから、「せっかく来たのに何もないじゃないか。」と怒る人はあとが絶えません。
でも、そういう都会から来た人がいくら怒ったとしても、このポスターさえ貼ってあれば、地元の人たちは謝る必要なんかない。
「せっかく来たのに何もないじゃないか。」というお客さんに対して
「そうなんですよ。ここは何もないから良いんですよ。」と言ってポスターを指差しながらニコニコと、堂々とできるわけです。
でも、そういうお客さんは「ここには何もないがあります。」という言葉に込められた意味が解らない人ですから、もう2度と来ないでしょうし、口コミで「あんなところ行ったって何もないから面白くない。」とどんどん広がって行きます。
私はそれで良いと思うんです。
いすみ鉄道のような取り立てて見るところがないローカル線は、万人受けする観光地ではありません。
だから、「ここには何もないがあります。」の良さがわからない人が、同じように良さがわからない友達に口コミで悪い噂をいくら広げても、何もないいすみ鉄道の良さがわかる人が少数派ですが必ずいてくれて、そういう人たちがファンになってくれれば、そこで線引きができますし、それでよいんです。
シャネルやヴィトンも少数派に受けるからブランドであって、私が目指しているのは大衆向けブランドの安売りではありませんから、いすみ鉄道も良さがわかる人だけに来てもらえればそれでよいと思っていますし、良さがわかってしまうと1年に何度も来るようになる。
つまり、いすみ鉄道に「ハマる」人がたくさん出てきて、そういう人たちが、どんどん増えて行けば、それまで自分たちの地域に自信が持てなかった沿線の人たちも、自分たちが負けていると思っている都会から来た人たちに「ここは良いところですねえ。」と繰り返し異口同音に褒められるのですから、だんだんと自分たちの田舎に自信が持てるようになるのです。
だから、いすみ鉄道は、「オンボロのディーゼルカーが当時のまま走っているだけです。」「興味のない人は面白くありませんよ。」「沿線に取り立てて名所があるわけでもありませんし。」とあえて申し上げて、「ここには何もないがあります。」というポスターを貼って、「良さがわかる人だけおいでください。」というスタイルで商売をしている。
人間は期待すればするほど不幸になる習性がありますから、最初からお客様に期待してもらわないようにして、そうすれば、ちょっとしたことでもサプライズになって、お客様は幸せになれるんじゃないでしょうか。


[:up:] 列車は満員。


[:up:] 駅も人でいっぱい。

[:up:] ついでに駅前の食堂までこの行列。(大した店じゃないんだけどね。)
今、いすみ鉄道には季節を問わず、たくさんのファンの方々にいらしていただいています。
こういう方々のおかげで、いすみ鉄道は地元の人たちの貴重な足を守って行くことができるというしくみづくりを行っています。
でも、私は、それだけではないと考えています。
いすみ鉄道が昭和のディーゼルカーを走らせるといっても、いらしていただくのは昭和を知らない若い人たちです。
そういう人たちが、いすみ鉄道に何度も乗って、国吉や新田野や大多喜、総元、上総中野といったそれぞれの駅に何度も降り立つようになると、だんだんと土地に愛着がわいてきて、いすみ鉄道沿線を故郷のように思ってくれる。
そういう若い人たちが、これから親になって子育てをするかもしれないし、日本の国の中で活躍する人材になって行く。
10年後か20年後か、30年後になるかはわかりませんが、いすみ鉄道沿線をふるさとのように思ってくれる人が1人でも多く活躍する時代が来れば、日本にとってローカル線が必要だという考え方を受け継いでくれるでしょうし、田舎の良さというものも次の世代に繋いで行ってくれる。
そういう長い目で見た観光資源というのも、いすみ鉄道がブランド化することで確立していかれれば、私は、ローカル線は地域の財産になる時代が近い将来必ずやってくると信じていて、それが毎日頑張っていく原動力なんです。
さあ、いすみ鉄道のブランド化観光戦略の仕組みがお解りいただけましたでしょうか。
「みんなでしあわせになることができるローカル線」
それがいすみ鉄道の取り組みですが、沿線地域の人たちもその取り組みを理解してくれて、今年も4月27日に、「みんなでしあわせになるまつり in 夷隅」が沿線の国吉駅近くの商店街で開催されます。

何もない、特に観光地でもなんでもない田舎の町でも、これだけ盛り上がりますよという証として、今年で第3回目を迎えます。
皆さん、4月27日は今からスケジュールを空けておいてくださいね。
「みんあでしあわせになるまつり in 夷隅」
全国的に見て、たいていの田舎の人たちは固定観念にとらわれていて勉強しない人が多いんですが、いすみ鉄道沿線の皆さんは、実際にたくさんの観光客を目の当たりにして実感したのでしょう。最近では新しい考え方や世の中で何が求められているかというようなことをたいへん勉強していて、私が言う「商品を売るな。」とか「ブランド化」ということもしっかり理解してくれていますから、地域に由来があるわけでもないこういうお祭りも盛り上がってきているんです。
私は、いすみ市や大多喜町はこれから大きな将来性があると思いますよ。
なぜなら、いすみ鉄道というローカル線があるんですから。
さて、幸せになる秘訣は、「相手に期待しないこと。」
最初から「何もない」って言ってるんですから、いすみ鉄道にいらっしゃるときは、できるだけ期待しないようにしてください。
期待すれば、裏切られる。そしてクレームになる。
体内からアドレナリンがたくさん出てきて、そういう人は不幸になりますから、クレームするということは、期待したあなたが悪いんです。
これが私のビジネスポリシー。
この私のポリシーに共感できる人だけいらしていただければ、いすみ鉄道はそういう皆様の期待にしっかりと応えることができる鉄道になれるのです。
(こういうのを日本語で詭弁というのですが、お解りいただけましたでしょうか? w)
日本中の田舎が幸せになれることを祈って、それではこの辺で。
(おわり)