乗らなくても良いです、の理由 その2

私は、地元の人に「乗って残そう運動」はやめましょうと言いましたが、テレビやラジオ、雑誌などでインタビューされるたびに、「乗りに来なくてもいいです。」と同じような話をさせていただいています。
これは、私が就任した時のビジネスポリシーの1つである「いすみ鉄道をブランド化する。」ためのものです。
人間、「是非いらしてください。」と言われるよりも、「来なくてもいいですよ。」と言われれば、「えっ?」と気になるものです。
廃止の瀬戸際にある鉄道会社の社長が「ぜひ乗りにいらして下さい。」では当たり前すぎてニュースにもならないでしょうが、「乗りに来なくてもいいですよ。」というのですから、マスコミの皆様も意表を突かれて、「いったいどういうことですか?」となるのです。
それと、大事なのは、いすみ鉄道には、お金がないので、JR各社のような立派な観光列車を走らせることはできません。
だから、あまりマスコミの皆さんに宣伝してもらっても、来ていただいたお客様にJRの観光列車と並列の目で見られて、「なあーんだ、こんなものか」「JRに比べたらみすぼらしいな。」となってしまいます。
それよりも、「何もないから、乗りに来なくてもいいですよ。」と宣伝すれば、お客様は来る前にある程度「覚悟」してくるでしょうし、大して期待もしないと思います。
商売のやり方は、取り扱い商品やビジネスの規模により、いろいろな形態があります。
100人のうち80人に来てもらう商売と、100人のうち10人、いや、5人来ていただければよい商売とでは、宣伝や仕掛け、やり方が異なります。
いすみ鉄道で私が展開する商売は、もちろん後者ですから、「わざわざ乗りに来なくても良いですよ。」と言うことで顧客となる対象をまず絞り込みます。
そして「何もないこと」を「覚悟」して、「期待しないで」来るお客様だけを相手にして商売をさせていただきます。
この時点で、いらしていただくお客様は、いすみ鉄道に物見遊山で来るような一般的な観光客の方はほとんど淘汰され(つまり、来ようと思わなくなり)ます。
だから、「何だここは! 何もないじゃないか!」というクレームは発生しませんし、もともとあまり期待しないでいらしたお客様ですから、そういうお客様は、いすみ鉄道の楽しい仕掛けに気づいて、サプライズ!
「意外に楽しいじゃない、ここ。」
「東京から近いし、お金も使わないで時間が過ごせるから、また来ようよ。」となるのです。
これが、私の言う「ブランド化」です。
ブランド化というのは、自らビジネスの対象となる顧客を絞り込むことです。
自社の商品の良さを理解してくれる人だけをお客様にお迎えすること、そして、いらしていただいた少数のお客様にご満足頂き、ファンになっていただくことがブランド化です。
私は、いすみ鉄道をブランド化すると同時に、どうせやるならと、沿線の夷隅地域全体をブランド化しようと地元に声をかけ、いらしていただいたお客様に「意外にいいところだね」と言っていただける地域を作ろうと思っています。
このように、いすみ鉄道のビジネスは、マス(大きな集合体)に訴えるビジネスではありません。
これが、同じ鉄道会社でも、JRなどの大手と根本的に異なるところです。
JRのような100人のうち80人の獲得を目指すマスのビジネスでは、新幹線にファーストクラスを作ることがブランド化だと考えているでしょう。
でも、いすみ鉄道では、昭和40年製のオンボロディーゼルカーを走らせることが、ブランド化になるのです。
そして、1両しかないオンボロディーゼルカーですから、たくさんの人が押し寄せてきては、さばききれなくなるので、「乗りに来なくても良いです」なのです。
だから、乗らなくてもいいから、写真を撮りに来るだけでもいいから、いすみ鉄道沿線にいらしてください、と言うことで、売店でお土産品を買っていただいたり、地域にお金を落としていただければよいと考えているのです。
ところで、ブランド化しやすい商品ってどのような種類の商品かわかりますか?
それは、不要不急品。つまり「いらないもの」ほどブランド化しやすいのです。
日常生活に必要な商品は、マスのビジネスの対象ですから、値段の競争になりやすいですし、販売しているところとの距離感など、入手のしやすさも大きなポイントです。
でも、不要不急品であれば、本当に価値がわかる人だけがお客様ですから、値引きも必要ありませんし、遠くても買いに来てくれます。わざわざ買いに来ること自体を楽しんでいただくこともブランド化なのです。
「いらないもの」「なくても生活に困らないもの」を買っていただくのですから、競争相手もいないし、宣伝も口コミで十分ですね。
要は、どうやってその商品に付加価値を付けるか、ありがたいと思って受け入れていただけるかが焦点になります。
いすみ鉄道も、地元の利用者にとってみれば交通機関として必要なものですが、遠くから来る人にとって見れば、「いらないもの」「なくても困らないもの」なのです。
だから、ブランド化しやすいのです。
JRで行こうか、高速バスにしようか、それとも飛行機か? 
となれば、これはブランド化以前に、利便性や快適性、値段の差といった話になってくるのですから。
だから、会社の中で、「お前なんかいらない人間だ!」と言われている人の方が、「優秀な人材」と思われている人よりも、ずっと簡単にブランド化ができて、自分自身で社内での価値を高めやすいと、私は思うのです。
どうです、あなた?
自分をブランド化してみませんか。
もっとも、その前に、自分では「優秀な人材」と思っていても、実はブランド化するのにふさわしい人もたくさんいそうですから、自身でそのあたりを見極める訓練も必要ですね。
(つづく)