東京生まれ、東京育ちの私は、子供のころ銭湯へ行っていた。
銭湯では、脱衣場に冷蔵庫が置いてあって、おいしそうな牛乳類が並んでいた。
でも、父親が厳しい人だったので、入浴後、その冷蔵庫のお客さんになった記憶はほとんどない。
誰だって湯あがりには飲みたいものだけど、
「がまん、がまん。」
それが私と父の合言葉だった。
同級生のО君のお父さんもその銭湯の上顧客だった。
О君はいつも一人で銭湯に来ていて、お父さんと一緒に来ることはなかった。
父の帰りが遅く、私一人で銭湯に行ったときなど、О君のお父さんを見かけると、背中を流してあげた。
「おじさん、僕が背中を流してあげるよ。」
そういうと、おじさんはとても嬉しそうだった。
「若いころ、いきがって背中にこんなもの彫っちまったばかりに、うちのは俺と風呂に来やしねえからなあ。ありがとうよ。」
そいういって、おじさんは風呂上がりに冷蔵庫から好きな飲み物を飲ませてくれた。
数回、そんなことが続いたとき、ふと、風呂上がりの飲み物目当てでおじさんの背中を流している自分がいることに気づいた。
「おじさん、背中は流すけど、ジュースはいらないよ。」
ある日、そう言って、それからは脱衣場の冷蔵庫とは疎遠になったけど、高校を卒業するころまで、ずっと友人の父親の背中を流し続けた。
「鳥塚は風呂屋でヤクザもんの背中を流している。」
住んでいた地域がらか、中学生のころは、そんなことが学校で評判になった。
私自身確かに血の気は多い方だったけど、おかげで先輩たちからは可愛がってもらえた。
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数十年後、自分で家を建てた。
中古の住宅を購入してリフォームをした時に、7人家族に合うように風呂だけは大きくしたかった。
浴槽は畳2枚分。
たんぼに面した斜面に建てた家だから、大きなウッドデッキを付けて、風呂場から直接ウッドデッキに出られる構造にした。
今、一年のうちで一番良い季節を迎え、風呂上がりのビールがうまい。
ところが、ともすると、風呂上がりまでビールを待てない自分がいる。
ウッドデッキのテーブルにあらかじめ缶ビールを用意して、湯船につかってあったまると、風呂場からバスタオルを巻いただけの、裸のままでデッキに出て、ガーデンテーブルでビールを飲む。
これがうまい!
あっという間に缶ビール2本が空になる。
夜空を見上げてのど越しのビールを味わいながら、ふと思う。
「がまん、がまん」の俺はどこへ行ってしまったのだろうか。
銭湯の脱衣場の冷蔵庫のお客さんになれなかった恨みなのか。
湯あがりに食卓についた時点で風呂場の缶ビールですでに出来上がっている自分がいる。
晩酌のスタート時点で、完全にフライングしているオヤジだ。
だから知らず知らずに酒の量が増えて、炭水化物をいくらセーブしても体重は右肩上がり。
会社の業績もあやかりたいほどだ。
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わかっちゃいるけど止められない。
スーダラ・スーダラ
雨が降っている晩は、デッキもガーデンテーブルもぬれている。
だからこの悪いくせが出せないので、心なしかホッとする。
今から大多喜を出て帰路につく。
今夜のユーカリが丘は雨だろうか。
今夜はちょっとだけ雨に期待している自分がいる。
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