自社養成乗務員訓練生が決まりました。

いすみ鉄道が募集した自社養成乗務員訓練生の採用者が決まりました。
この募集は、一般社会人を対象に700万円の訓練費用を自分で負担して運転士になるという日本の鉄道史上初めての企画で、3月初旬の発表から2度の採用説明会、そして採用試験を経て、4名が最終的に採用されました。
この4名は40~50代の男性で、一般企業にお勤めの方ばかりです。
今後、退職されたり、休職されるなど、各自で対応されていすみ鉄道の訓練コースに入っていくことになります。
私は、この自社養成乗務員訓練生の採用プランを、次のようなコンセプトを持ってのぞんでおります。
1:一般社会人が自己実現するチャンスとなること。
今の日本の世の中は多様性と言われておりながらも、こと会社勤めをしている方々にとっては、なかなかフレキシブルにはなれない世の中です。
学校を卒業して入った会社に一生勤めながら、自分はこれでいいのだろうか・・・と考える人も多いでしょうし、自分の意志とは全く違ったところから、一方的に転勤や配属を命じられ、それに従わなければ職を維持できない仕組みが広く浸透しています。
子供のころ「○○になりたい!」と考えていた夢が、実際の社会では実現がなかなか難しく、その夢はあきらめつつも、何か他の目標を定めて、達成感を求めている方も多いと思います。
列車の運転士という職業はその最たるもので、学校を出て20代のうちに鉄道に就職しなければ、その人は一生運転士になる道は閉ざされてしまうのが常識でした。
いすみ鉄道は全国初、鉄道の歴史始まって以来の出来事として、その常識を破壊し、社会で十分に実力を発揮し、人間的にも円熟した世代の皆様に広く門戸を開いてみたのです。
2:自分の好きなことを通じて社会に貢献するということ。
好きなことに一生懸命に打ち込む姿は尊いものだと思います。
いい年をしたおじさん達が、好きなことに一生懸命に打ち込んでいる姿を今の日本ではあまり見ることができないと思いませんか。
リストラだとか、ローンだとか教育費など、皆さん大変な時代です。
今回の募集でも、「700万円も払って元が取れるの?」と思われる人も多くいらっしゃると思います。
でも、私としては、そんな時代だからこそ、好きなことに損得勘定抜きで一生懸命に打ち込む姿が大切なのではないかと思います。
「元を取ろう」という考えの方は、この募集の対象にはならないでしょう。
700万も払って、時給ベースの契約運転士では、金銭的見地からでは投資する意味はありませんから。
でも、今まで閉ざされていた運転士への道が開かれたのですから、夢に見ていた人はやってみる価値はあると思います。
また、今の状況では応募することはできなくても、いつかは自分も応募してみたいと想うことができるのも、この制度があればこそだと思いませんか?
私は昔から、ローカル線って夢を売り物にしなければ存在価値がないと思っています。
例えば北海道の原野の中にあるタンチョウ鶴が飛来する無人駅。
この駅はほとんど利用する人はいません。
でも、そこに駅があり、列車が通っていれば、その駅を想いながら、「いつかは行ってみよう」という目標ができます。
目標ができれば、明日から、また元気に生きていけます。
「今頃、あの駅は静寂の闇の中に包まれているだろうなあ」
そう想うことで、たとえ行くことができなくても、優しい気持ち、人に対する思いやりの気持ちになれるでしょう。
ローカル線の使命は、そういうところにもあると思います。
3:存続の指標
いすみ鉄道は存続の危機にあります。
このままでは廃止になるという前提で私は社長に就任し、それを食い止めるために様々な方策を打ち出しています。
鉄道が廃止になるということは、線路や車両を含む鉄道設備が「負債」になっていることが原因です。
この原因を取り除くことで存続することが可能になります。
そのためには「負債」とされている鉄道設備を「資産」に転換する必要があります。
「資産」とは、つまりそこからお金を生み出すものですから、私も、いすみ鉄道という鉄道設備を使ってお金を生み出すために、いすみ鉄道の財産であるベテラン運転士さんたちの力を借りて、自社養成乗務員訓練生のプランを実行に移すのです。
こうして、お荷物とされていた鉄道設備が、資産であることが誰の目にも明らかになる状況を作り出すことができれば、鉄道は存続することが可能になります。
なぜならば、お金を生み出す貴重な財産を手放す人はいませんから。
4:職業に対する責任について
職業と言うのは生きていくための糧を得るために自分の労働力や時間と引き換えに賃金を得るものというのが産業革命以来の常識でした。
つまりは自分というものをできるだけ高く売り込むのが労働者の姿勢であり、できるだけ安く買おうという経営者は、いろいろな形で社会から非難を浴びるのが今までの常識でした。
この考え方に立っていると、いつまでたっても今回のいすみ鉄道の自社養成訓練生のプランを受け入れることはできないでしょう。
平成になって早22年。
世の中は多様性の時代です。
大多数の人にとっては、職業と言うのは、生活していくために必要なことは今も昔と変わらないと思いますが、かなりの割合で、「お金はいいから、自分の好きなことをやってみたい」という人が増えているのも現実です。
今回の自社養成は日本全国からたった4人を選び出したという現実を見れば、多様性の世の中にマッチしていると言えるのではないでしょうか。
ただし、雇用条件と責任は違います。
たとえ無給であったとしてもひとつの職業に就くということは、そこに責任が発生し、自分の雇用条件にかかわらず、その責任を全うしなければならない義務が生じます。
「私はアルバイトだから責任はない」と考えている人がいたら、少々時代遅れではないでしょうか。
昨今ではパートタイマーであっても店長クラスはたくさんいます。
このいすみ鉄道の乗務員養成プランでも、きちんとした一人前の乗務員になっていただき、お客様の命を守るという責任は厳しく全うしていただきます。
アルバイトだから、契約だから安全は守れない、という議論は無意味だと思いませんか?
なぜなら、今までの鉄道事故はすべて若いころに会社に採用され、その会社で純粋培養された正社員が起こしているのですから。
5:応募者たちの反応
私は、いすみ鉄道の社長として、今回、採用説明会で「本音で語り合いましょう」と呼びかけました。
「○○とは本来こうあるべきだ!」というようなイデオロギーでは何も前進しませんから、そういうことではなく、「あなたなら何ができますか?」 「どのように参加しますか」 という本音を語り合いました。
責任という考え方に関しても同じです。
「いすみ鉄道は皆様方に運転士になる夢をかなえるチャンスを提供します。でも、会社存続が危ぶまれているので、運転士になった後でも、満足に生活する給料は払えないかもしれません。それでも、乗客の生命と財産を守り、定時運行をするという責任は正社員の運転士と同じものを求めます。」
このように話をしました。
そうしたら、会場の参加者たちの目が輝き始めたのです。
「給料は大して払えないけど、職業に対する責任はきちんと取ってもらいます。」
と社長がはっきりいうのですから、労組との団体交渉でしたら、とんでもないことになるところですが、就職説明会の参加者たちは、話をするに従って、眼が輝き始め、身を乗り出して、活発に意見を交わすようになりました。
「責任を取る」ということに今の人たちはとても過敏になっている世の中で、あえて「職業人としての責任を取ってもらいます」と言われて、皆さん嬉しそうなんですよ。
「よーし、やってみせる!」という意気込みというのでしょうか。
その時私は、いすみ鉄道から日本を元気にする情報を発信できると確信しました。
以上が、今回の自社養成訓練生の募集に対しての社長の考えです。
私は、社長としていすみ鉄道を存続させ、発展させる責任があります。
前職から比べると年収は格段に下がり、責任は数倍、いや、計り知れないぐらい重くなりました。
どのぐらいの責任かと言うと、私がしくじれば、房総半島の地図からいすみ鉄道が消えるのですから、その重さはご理解いただけると思います。
でも、活き活きと、そして嬉々として毎日業務に励んでいます。
休日はほとんどありません。
でも、毎日楽しく、重大責任を全うしています。
もう一度言います。
賃金だとか労働条件だとか、そういうことを卒業した方がいすみ鉄道には集まっています。
これが、存続が危ぶまれる地方鉄道の、再生のための一つのモデルケースになるのではないでしょうか。
20代~40代まで一生懸命一般社会で働いて、少しでも早くセミリタイアして、そこからの第二の人生は「好きなことを職業にして」地域社会に貢献しませんか。
自分は本当は何がしたかったのか。どんな職業に就きたかったのか。
皆さん、もう一度考えてみる良い機会だと思いませんか。