夕暮れの新幹線ホーム。
一日の仕事がすべて終わって、あとはお家に帰るだけ。
列車を待っているとふと目に留まった看板。


「おっ、生ビールか。」
ゴクリと喉が鳴る。
今日も35度の猛暑日の中、一生懸命働きました。
でも、私は生ビールの看板をチラリと一瞥しただけで、知らぬ顔をして乗車口に並びます。
私と一緒に出張や旅行をした方はご存じだと思いますが、私は帰りの特急電車や新幹線の中で「プハ~」はやりません。
ていうか、旅の途中、移動の途中であれば、夕ご飯を食べるときでも外でお酒は飲まないのです。
外でお酒を飲むときは会社の帰りにみんなで飲みに行くときや、出張先で今日はあとはホテルで寝るという時だけ。
移動中の電車の中でなどは飲みませんし、例えば食堂車やビール列車でも、仕事で乗っている時は一切お酒には口を付けません。
ビール列車ではよく顔見知りのお客様から「社長も1杯どうぞ」と勧められることがありますが、そういう時でも「仕事中ですから」と言ってありがたくお断りします。
呑兵衛には意地汚い人もいて、人が飲んでいるのを見るとどうしても飲みたくなって我慢ができなくなる人もいる。そういう人は仕事中だろうが、お客様がお酒を飲み始めると自分も飲みたくなってしまって、お客様から「どうぞ」と勧められると、「これはこれは」と飲み始めるようですが、私は普通に我慢します。
我慢することにそれほど大きな抵抗もありません。
どうしてかと言うと、そういう風に訓練されてきたからです。
訓練と言うと大げさですが、子供の頃の話です。
東京の下町の貧民街のようなところに住んでいた私は、家に風呂が無く銭湯へ行っていました。
銭湯へ行くと脱衣場の横に牛乳の冷蔵庫があります。
「飲みたいなあ」と毎日思っていました。
小学生の頃ですが、父親と銭湯へ行く。
風呂から出て服を着て一段落すると、皆さんガラス張りの冷蔵庫から白牛乳やコーヒー牛乳を取り出して、番台でお金を払うと腰に手を当ながらお決まりのポーズでゴクゴク飲んでいる。
でも、私の父親は牛乳の冷蔵庫には目もくれず、服を着たらさっさと帰り支度。
一度だけ「飲みたい」と言ったことがあったのですが、その時父親が言ったのが「がまんがまん」。
うちに帰れば冷蔵庫の中にジュースやサイダーがあるだろう。
それまで我慢しろということです。
いや、そうじゃなくて、お風呂上がりのこの瞬間に腰に手を当ててコーヒー牛乳を飲んでみたいのですが、そういう子供心など知らぬふりして、私の記憶では1度も買ってくれたことがない。
それ以来私は父親と銭湯へ行くと、帰り際にガラスの冷蔵庫の中に鎮座して客を待つコーヒー牛乳と父の顔を見比べながら「がまんがまん」とつぶやくようになったのです。
父親としては、5分も歩けば家ですから、家に帰ってビールを飲むことが最優先だというのは子供ながらにも理解していましたが、そんなことがあってから、私にとっては風呂屋の脱衣場にある冷蔵庫と、その中に並んでいる白牛乳、コーヒー牛乳、フルーツ牛乳、リンゴジュースの類は単なるオブジェと化してしまったのです。
そういう子供時代を過ごした私としては、今でも特急列車の中で車内販売のワゴンが回って来ても、なんとなく呼び止めるのを躊躇してしまう自分がいるのに気が付きます。
車内販売のワゴンを呼び止めて、何かを買うという行為に罪悪感を抱いてしまうのです。
耳元ではあの「がまんがまん」という父親の言葉が今も聞こえます。
サラリーマン時代でも、駅から歩いて家まで帰る途中に飲み屋があっても「ちょいと一杯ひっかけて行こうか」という気持ちにはなりませんでした。
友人の中には駅からわずか数分のところに住んでいながら、フラッと赤ちょうちんに吸い込まれるのを得意としている人がいますが、ていうか、そういう人が普通なのかもしれませんが、私の耳元では「がまんがまん」が聞こえるのです。
だから、炎天下35度の中を歩き回った帰りの新幹線のホームで「生ビール冷えてます」という看板を見たとしても、「おっ、生ビールか」とは思いますが、あの「がまんがまん」という父親の言葉が、どういうわけか聞こえてくるのです。
そう考えると、私の父というのははたして息子にどういう教育をしたのか。
小学生の頃の記憶ですからもう半世紀以上も前のことですが、この「がまんがまん」というのが、私の人生にプラスになったのか、それともマイナスになったのか。
今でもどちらかわかりません。
そういう人は子供の頃の反動で大人になったら銭湯で牛乳を飲むのはもちろんですが、堰を切ったようにお金があるだけ酒を飲み始める人もいるかもしれませんし、自分の子供には「何でも好きなものを飲め」という親になるかもしれませんが、どうやら私はそのどちらでもなく、かといって子供に指をくわえさせるようなことをした記憶もない。
「がまんがまん」というあの言葉が聞こえる時と聞こえない時があるのですが、新幹線のホームで生ビールの看板を見たとたんに「がまんがまん」という言葉が聞こえてきたから不思議だなあと思って、こんな意味のないような写真を撮ったのであります。
お盆に墓参りに行かなかったからかなあ。
長男から「池袋のお墓にお参りしてきましたよ」と写真が送られてきて、ちょっとだけホッとする今夜です。

65歳のチョンガーハラボジにとって、プハ~はお家でするものなのです。
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