暑さ記録更新!

今日が群馬県の伊勢崎市で最高気温41.8度を記録したようですね。

兵庫県丹波市で7月30日に41.2度を記録したのが歴代日本記録と言われていましたが、3日天下ならぬわずか1週間ほどで日本記録更新だそうです。

あぢ~!

そんなあぢ~中、私は千頭へ行きました。
大井川鉄道本線は川根温泉笹間渡から先の区間は不通になっていますが、井川線は走ってる千頭駅です。

そこで行われたのが井川線フォトコンテストの入賞作品の選定。
皆さん力作ばかりで、審査員を委嘱された身としては困ってしまいましたが、厳正なる審査の上決定いたしました。
この作品群が来年の井川線カレンダーになりますのでご期待ください。

さて、今日のビッグニュースとして私が注目したのは国の政策転換のニュース。

何の政策を転換するのかというと、農業政策です。
お米の生産を今までは「作らない」という減反政策でしたが、今度は存産するという政策に変更するらしい。

これってサラッと流して報道されていますが、実はとても大きなことで、約半世紀ぶりの国の方針転換なのであります。

日本の国は主食であるコメの生産を重要課題として、食糧管理法という法律を設定して、コメの生産を管理してきました。
私が若いころは、コメというのは自由に売買できるものではありませんでした。

上越市の中川市長が「兵庫県三田市のコメはまずい」と言って物議を呼んでいますが、まぁ、市長は兵庫県三田の出身で、当時はどんなコメを食べていたのか、ということもあるでしょうけど、少なくとも現在50歳の市長が子供の頃は、別に兵庫県三田市に係わらず、日本全国どこだっておいしいコメなどは一般家庭では手に入らなかったのです。

私は遠い親戚が新潟県に六日町に居ましたが、ときどき、六日町のおばさんからコメをもらうことがありました。
おふくろが焚いてくれて、それを食べた瞬間に、「なんだこれ?」と思いました。

おばさんはニコニコしながら、「新潟のお米はおいしいでしょう。」と言っていたことを覚えていますが、もちろん新潟のコメはうまいのですけど、それ以前の問題として、うまいコメというのは農家の人が自分たちで作ったコメはうまいのですが、それを農協へ出荷して、そのコメが東京に来ると、いろんなコメと混ぜられてしまって、つまり、どこのコメを食べさせられているかわからないのです。

だから、新潟で農家の人が作ったコメを分けてもらうと、本当においしかったんです。

まぁ、別に新潟じゃなくても、全国どこでも、農家の人が自分の家で食べるお米はおいしかったと思いますよ。

ただ、食糧管理法という法律があって、農家は自分で作ったコメを自分で売ってはいけなかったのです。

で、農家に親せきがいて、その親戚から個人的に分けてもらえる人だけがおいしいコメを食べることができたのです。

皆さん信じられないと思いますが、農家の人が「自分が作ったコメを農協に出すと他のコメと混ぜられてしまう。自分が丹精込めて育てたコメは、自分で売るんだ。」と言って、自分で作ったコメを自分で販売したことがあります。

その農家の人はどうなったと思いますか?

警察に逮捕されたのです。
なぜなら政府の食料管理制度に違反しているから。
いくら自分で作ったコメでも勝手にコメを売ってはいけなかったのです。

そんな中で、1970年代にはコメが余るようになりました。
それまで増産増産で、例えば秋田県の八郎潟干拓地や千葉県の印旛沼干拓地などの湿地帯を水田にしてコメを増産しようとしていたのが、いきなり方針転換で、もうコメは作るなとなりました。

これ、私の子供の頃の話ですから、もう50年も前のことです。

で、政府は今度は農家からコメを買い上げても余るだけですから、「コメを自分たちで販売してもいいよ」となったのが1995年の食管制度の廃止。
今から30年前の時点で、例えば通販などで農家から直接おいしいお米を買えるようになったのです。
今では当たり前ですけど、ちょっと前まではおいしいコメを買うことができなかったのです。

このぐらいコメに関しては紆余曲折があったのですが、今日のいきなりの「コメ増産」の話ですから、私は「えっ?」と思ったのです。

1970年代から1980年代にかけての頃ですが、食糧の自給自足ということが議論されたことがあります。
その頃50代以上の人たちは皆さん戦争経験者でしたから、食べ物がない時代を経験しています。
そういう人たちは、「自分たちの食べるものを自分たちで作れなくて国として成り立つわけないだろう。」と言ってました。

野坂昭如さんや藤本義一さんというような論客がテレビのコメンテーターでそんなことを言ってました。
今の日曜討論のような番組ですね。

これに対して、メコンデルタのような肥沃な土地を開拓すれば良質のコメがたくさんとれるのだから、お金を出して買えばいいじゃないか。

そういう人たちが当時の若い人たち(と言っても40代ですから、今皆さん80ぐらいになられていると思います。)が言っていて、喧々諤々の議論をテレビでやっていました。

結局、戦前派がだんだんと少なくなってきて、戦後派が台頭してくると「食料も輸入の時代」になりまして、今の日本は食料自給率3割と言われる国になりましたが、ここへきて世の中が変わってくると、いつ食糧の輸入が途絶えるかもしれないという危機感が出てきて、それと同時に実際に国内でコメを始め、自分たちの食料を自分たちで自給できない国の危うさというのが、若い人たちにも認識されるようになりました。

私たちの世代としてみたら、「あぁ、やっぱり親の世代が言ってた通りになってきた。」と思う状況です。

そんな中でのコメの増産のニュースでしたので、この方針転換は半世紀の過去の歴史を塗り替えるものになると私は見ています。

ただし、本当にそんなふうに行くのでしょうか。
半世紀前と世の中は大きく変わっています。
気候も変わっています。

ここ数年、新潟県でも上質のコメが取れなくなってきています。
逆に、今、北海道がコメの名産地になろうとしています。

私たちが子供の頃は、北海道のコメは陸稲(おかぼ)と言っておいしいコメの範疇には入りませんでしたが、今は北海道がコメの名産地になってきています。
つまり温暖化ですが、それ以外にも大規模化や、山間地の小規模水田はどうするのかなどなど、ここ15年ほど田舎にいる身としては、半世紀ぶりに増産と言ったって、そんなにうまくいくわけないだろうなあと思うのであります。

ということで、とりとめのない話になってしまいましたが、それだけ大きなニュースが流れたと私は思います。

さて、北海道がコメの産地となるとすると、じゃあ、そのコメをどうやって大消費地の東京や大阪へ運ぶのかという問題が出てきますね。

そうなってくると、やっぱり貨物列車は大切にしないといけませんね。
国の大動脈としてのルートの確保が大きな課題となりますが、そういう重要なことを人口の少ない田舎の町役場のテーマとしておいてよいのでしょうか。

という問題が浮上してくるのであります。

交通インフラだけじゃなくて食料もそうですが、すべての物をコストパフォーマンスだけで判断して取捨選択することが当たり前になってる現在の風潮は、そのうち大きな問題となるでしょうね。

だから私は東京のような人口密集地を離れた生活を好んでいるのです。
田舎に居ればとりあえず食べるものには困りませんからね。