月火水

月曜から今日までの3日間、大井川鐵道には安全をチェックする国の監査が入っていました。

鉄道は運転、車両、土木、保線、電気など分野に分かれてそれぞれやらなければならないこと、守らなければならないことが詳細に決められています。

その一つ一つがきちんと行われているかどうか、定期的に国交省が調査に入ります。
その調査が行われていました。

残念ながら、小さなことではありますが、「きちんとやっていませんね。」ということで、数か所指摘を受けました。

私はこの指摘を真摯に受け止めなければなりません。
なぜならば、前回の監査で指摘されたことの延長線上にあるからです。

通常は、こういう監査が入って指摘された事項に関しては、次回の監査までの間にきちんと対応していなければなりません。
しかしながら、それができていなかったのです。

前回の監査の時には私は着任前でしたが、社長ですから自分が居なかったからといって許されるものではありません。
担当者の処分、会社の組織変更を含めて対応しなければならないと考えさせられました。

国の皆さんは、ローカル線というと懐事情が苦しいのはわかっていらっしゃいます。
特に、私のような、再生を任された社長だと、おそらく守銭奴のように金儲けしか考えていないと思っていると思います。
そして、そういう人間が社長だということは、安全をないがしろにしているのではないかと見られるわけで、前職の時も前々職の時も、最初はそのように見られていたことを思い出します。

でも、私は20代のころから航空会社の、それも運航の現場で働いていましたから、安全に関しては人一倍厳しいのです。

事故というのはいつどこで発生するかわかりません。
どんなに一生懸命安全対策をしていたとしても起きることがあります。

でも問題なのはその事故原因が未知のことなのか、それとも既知のことなのか。

未知の原因で発生した事故と、既知の原因で発生した事故では受け止める重みが全く違ってくるのです。

例えば1960年代に発生した飛行機の連続空中爆発事故。
この事故は金属疲労が原因でしたが、当時、金属疲労ということは誰も知りませんでした。
今でこそ当たり前のことなんですけどね。

濡れた滑走路に着陸した飛行機が、ブレーキが効かずに止まり切れなかったことがあります。滑走路を逸脱して停止し、けが人が出ました。
この事故の原因はスリップだと思われていましたが、実は滑走路面とタイヤとの間に水の膜ができるハイドロプレーンという現象が事故原因だとわかりました。

今でこそ自動車教習所で当たり前のように習うハイドロプレーンという言葉ですが、当時はわからなかった、つまり、未知の原因だったのです。

ではどうしたか。
金属疲労に対しては機体の構造を細かく分けて、金属疲労が機体全体に及ばないように設計を変更しました。
ハイドロプレーンに対しては滑走路に細かな溝を設けるグルービングという塗装を施し、さらにアンチスキッドというブレーキ方式を採用しました。

こうやってきちんと対策を取ってそれ以降の事故を防いでいます。

鉄道もそうです。
昔、桜木町事故というのがありました。

垂れ下がった架線が車体に絡みついて、木造の電車が燃えました。
ところが燃えたのは先頭車で、車掌は一番後ろに居て気が付きません。だからドアが開かないのです。
そのうち火が燃え広がり、電気系統が遮断されて、車掌がドア操作をしてもドアが開かなくなりました。
結局逃げ出せない多くの乗客が亡くなりました。

この事故を受けて、国鉄は非常ドアコックというのを設置しました。緊急時には乗客が自分でドアを開けて車外へ逃げ出せるようにしたのです。

そんな時、今度は三河島事故というのが発生しました。
脱線した電車から多くの乗客が非常ドアコックを使って線路に降りたのです。
ところが、そこへ反対側から来た電車が突っ込んできたのです。
2つの電車は大破して多くの乗客が亡くなりました。

こういう事故の教訓から今では防護無線という装置があって、事故を起こすと直ちに周囲何キロ以内のすべての電車が停車するシステムが出来上がっています。

青函トンネルがなぜできたかご存じですか?

それまでは青森と函館は連絡船という船で渡っていました。
その青函連絡船の洞爺丸という船が台風で沈没した大事故があり、何百人という乗客が亡くなりました。
「トンネルさえあれば、こんな犠牲者は出ないのに。」
これが青函トンネルを作るきっかけになりました。

瀬戸大橋もそうです。
こちらは本州の宇野と四国の高松を結ぶ宇高連絡船という船で結ばれていたのですが、ある時、紫雲丸という連絡船が沈没して修学旅行の子供たちがたくさん亡くなりました。
「橋さえあれば、こんな悲惨な事故は起こらないのに。」
これは瀬戸大橋建設のきっかけになりました。

このように、それまでは誰も知らなかったような原因で事故は発生し、同じような事故が起きないように対策を立てるのです。

でも、もし、事故原因がわかっていて、つまり既知の状況で何も対策を取っていなかったらどうでしょうか?

もしかしたら事故が起きるかもしれないとわかっていて、何もしないまま事故が発生したら。
私は総責任者として悔やんでも悔やみきれません。

私はかれこれ40年以上、輸送に係わる仕事をしていますから、戦後の日本における鉄道事故、航空機事故がどのような状況下で、どのような原因で発生したかが全部頭に入っています。

私は成田空港時代に安全運航管理者で、査察官でもありました。
外国の航空会社の場合は日本の法律ではなくて本国の法律や規定に準拠しています。
航空業界というのは欧米主導型で、日本の航空局は欧米追従型です。
つまり、規則というのはすべて英語が正文ですからね。
だから、国の監査というよりも、本国の監査の方が厳しかったんです。

航空会社というのは世界中に路線を持っています。だから本国の監査官は世界中を見ることはできません。
そこで、各国に査察官を置いて、それぞれに監査をさせるのです。
アジア太平洋地域では私は北京とシンガポールとシドニーが担当でした。
どういうことかというと、きちんと規則に従って手順通りに仕事をしているかどうかを、私が北京やシドニー、シンガポールへ行って査察官として監査をするのです。
逆に向こうから査察官が来て成田の監査を行う。
こういうのをセルフオーディットと呼んでいましたが、なぜならば世界中できちんと同じルールで飛行機を飛ばさなければならないからです。

日本はまだいいですよ。
でもアフリカやインド、南米などへ行ったらどうでしょうか?
安全というのは飛行機が飛んだり走ったりすることだけではありません。
鉄道と違って飛行機にはセキュリティがあります。
すべての空港で同じ基準で保安検査が行われているかなどもチェック対象です。

機内食はどうでしょうか?
インドやアフリカから搭載する機内食でも、衛生基準は本国と同じものを求められます。
使っている水は基準に合っているか?
そういうことも安全監査対象です。

そういう仕事を長年やってきていますから、一言で「安全はすべてに優先する」などと片付けられるものではないということは重々承知しています。

ということで、たいへん緊張した3日間でありますが、何とか終了しましたので、今日はホッとして外食でちょっとおいしいものを食べて帰宅しました。

いすみ鉄道で発生した脱線事故につきましては、いろいろな方から意見やコメントを求められている状況ですが、私は自分の古巣のことを悪く言われるのは好みませんので、一切コメントは差し控えさせていただいております。

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