田舎でベンツは乗ってはいけない。

なんとなく先日の「田舎でグリーン車は乗るな」の話の続き。

20代前半の頃、私は飛行機に乗る仕事がしたくて、資格を取るために田舎の飛行場に通って小型の飛行機に乗ってました。
今はどうか知りませんが、当時、小型の飛行機を趣味で乗っている人たちはお金持ちが多くて、お医者さんとか会社の社長さんとか。
飛行時間を稼ぐために、そういう人たちの後ろの座席に乗せてもらって操縦の勉強をさせてもらったりしていたのです。
で、皆さん空港までベンツで来るんですよ。
私の飛行機の教官も当時40ぐらいでしたがベンツに乗っていました。
クリーム色のEクラスのワゴンです。
で、私は中古のサニー。

「鳥塚、ベンツに乗っている人とサニーに乗ってる人の違いがわかるか?」

教官がそう聞きます。

はて?

「お金持ちと貧乏人ですか?」

二十歳ぐらいの若造にはその程度しかわかりません。

「あのな」
と教官。

「ベンツに乗っている人と、サニーに乗っている人とは、考えていることが違うんだよ。」

「????」と私。
まるで禅問答です。

当時私の教官だった方は、そういう人で、答えは教えてくれない。
本人が気が付くかどうか。
それだけなんです。

「ベンツに乗って考えることと、サニーに乗って考えることは違うんだ。覚えておけ。」

なんだか嫌味な話ですよね。
金持ちがカッコつけやがって。
って感じ。

それから月日が流れまして、千葉に引っ越した時に、前の家の駐車場にベンツが停まってました。
持ち主は、たぶん、サラリーマンじゃないようなタイプの人。
当時流行っていた自宅でパーティーを開いで何十万円もするようなお鍋を売るようなお仕事っぽい人。
うちのカミさんは「ベンツオヤジ」と呼んでいました。

「やぁね、ベンツオヤジ。感じ悪い。」

車が出入りするたびにそうのたまいます。

乗っていたのはエンジのEクラスのワゴン。
教官と同じタイプです。

私は10数年ぶりに教官の話を思い出しました。

「ベンツに乗って考えることと、サニーに乗って考えることは違うんだ。」

で、ベンツオヤジ。
ときどき挨拶をするようになって、お話をすると実に気さくで感じが良い人。
あぁ、やっぱりベンツに乗るような人は人当たりも良くて人間関係も大切にするような人なんだ。
そう思いました。
皆さんの中にはベンツはヤクザが乗るものだと思っている方もいらっしゃると思いますが、私の周囲にはそういう人たちはいなかったので、なんて言うんでしょうか、年は私より少し上に見えましたが心の余裕を感じたのです。
カミさんがベンツオヤジと言って忌み嫌うのは完全に第一印象だけで、自分が勝手に思い込んでいるだけなんです。

そこで、会社の先輩に聞いてみた。
その先輩は私より5歳年上で、やはりベンツに乗っている。

「ベンツに乗って考えることと、サニーに乗って考えることって、違うんですか?」

「ははは、トリちゃん、いいこと言うねえ。確かにその通りだよ。」

その先輩は面白い人で、お金持ちのご出身。
お金持ちというのは考えることが違うのですよ。

「トリちゃん、お金、いくらあったらいいと思う?」

つまり、財産のこと。
いくらあったら満足するか。
いくらを目標に稼ぐか。

「いやぁ、お金なんていくらあっても良いんじゃないですか。腐るわけでもないし。」

私がそう答えると、先輩は、

「そう思うだろ。でもね、お金は10億円だな。それ以上は要らない。」

なぜかと尋ねると、

「それ以上あるとね、子供が誘拐されるとか、いろいろな心配が出てくるからね。」

確かにそういう発想は私にはなかった。(10億持ってないから今もその発想はない)

で、その先輩が言うのよ。

ベンツはまっすぐ走る。
ベンツはハンドルを右に切れば右に曲がる。左に切れば左に曲がる。
ベンツは高速道路で急ブレーキを踏んでもきちんと止まる。

「ベンツって、それだけだよ。特別なことは何もない。ただし、日本車はそうじゃないだろう?」

その頃私は家族が増えてきたのでハイエースに乗ってました。
スーパーカスタムリミテッド。
運転しやすくてお気に入りでしたが、そう言われてみれば確かにそうだ。

高速道路で100キロで走っている時に急ブレーキを踏んだら恐ろしいことになる。
左に急ハンドルを切ったら左には行かないし、右に切っても右には行かない。
スピードを出すと車が浮き上がって不安定になる。
だから、自分の意思通りに動いてくれない時があるのです。

う~ん

私は急にベンツに乗ってみたくなりました。

その私の心情を察してか、先輩は涼しい顔してこう言いました。

「トリちゃん、一度乗ってみればわかるよ。」

そしてこう付け加えます。

「ベンツはEクラスだよ。いいよ、ステーションワゴン。」

今から30年近く前。
当時でもEクラスのステーションワゴンは800万円ぐらいしてました。
4人目の子供が生まれて、住宅ローンも抱えている私に乗れるはずがありません。
でも、意志あるところに道はできる、というのが私の考え方。
なりたい自分になれるかどうかは、その姿が想像できるかどうかです。

「お前はベンツを運転する自分が見えるか?」

そう思って一生懸命念じました。そうしたら見えたんです。
ベンツを運転している自分の姿が。
となると、あとは方法論ですね。
一生懸命考えて、それからきっかり2年後、私は黒のE280ワゴンに乗っていたのであります。

つまり、ベンツオヤジになった。

わはは。

カミさんは軽蔑のまなざし。
だと思うでしょう?

でもね、いきなりベンツオヤジになったわけではありません。
ちゃんと伏線を用意しておきました。

実はその頃親戚の人が交通事故で亡くなったことがあって、交差点での右折と直進の衝突。
こちらはブルーバードで相手はゴルフ。
ブルーバードの人が亡くなって、ゴルフの人はかすり傷程度。

恐るべしドイツ車です。

私は若いころ中古で買ったサニーを後生大事に乗っていて、当時はハイエースとサニーの2台体制。
カミさんがサニーに乗っていたんです。
子供たちの送り迎えや買い物に。
そのサニーは結構ボロになってきていて、オートマなのに信号待ちでエンストするようになってきていました。
そういう車をカミさんに運転させて、子供たちの送り迎えをさせていたのです。

反省した私は急に恐ろしくなりました。

で、ある日突然、中古車屋でワーゲンのゴルフを買って来て、カミさんに
「今日からこれに乗るように。」
ゴルフでもドイツ車は違いますからね。
カミさんとしては、何をいきなりと思ったと思いますが、「いいから乗ってみろ」と言われて一回り乗ってきた時の感想第一声が、

「手前で止まる!」

つまり、あの先の信号で止まろうと思ってサニーと同じタイミングでブレーキを踏むと、手前に止まっちゃうんです。

「だろう」と私。

そうなんですよ。
これは嫌味でも何でもなくて、乗ってみなければわからないけど、乗ってみればすぐにわかるんです。

「今日からキミはこれに乗りなさい。」

そう言ってカミさんに中古のゴルフを与えておいて、それからしばらくしたある日、突然、私のもとへE280ステーションワゴンが来たのです。

私はついに念願のベンツオヤジになりました。

でも、その時すでにカミさんはドイツ車というものを体験していましたから、私はベンツオヤジになってもカミさんからは軽蔑されることはなかったのであります。

(つづく)

▲3男の大学入学式の朝。94年型のEクラスのステーションワゴンの前で。
この車は良い車でした。
24万キロまでほとんど故障せずに走りました。

ちなみにこの3男はすでに2児の父であります。

▼参考
田舎でグリーン車は乗るな | 大井川鐵道社長 鳥塚亮の地域を元気にするブログ (torizuka.club)