今日は市振を歩く

私は月に2~3度、トキめき鉄道の沿線を歩いて回ることにしています。

冬の間はなかなかできなかったんですが、ここへきて桜の声を聞いて、先日は二本木、妙高、今日は市振を散策してみました。

市振駅の桜が満開。

町の入口の桜も満開です。

市振の町は江戸時代には関所だったところで、つまり交通の難所。
ここを通らなければどこへも行かれないという場所です。

明治天皇も来られたし、弘法大師も来られたし、松尾芭蕉も来られたところとして、歴史的に大変奥深い所なのです。

「一つ家に 遊女もねたり 萩と月」
これは芭蕉が市振の桔梗屋という宿に泊まった時に詠まれた句です。

和泉さんに案内していただいて町の中を探索しました。
皆さん、市振の和泉さんってご存じですよね。

観光急行が到着するときに、市振の駅で石にメッセージを書いておもてなしをしてくれている和泉克彦さんです。

和泉さんは学校の先生を勤め上げられた方で、トキ鉄の運転士さんの中にも教え子が居ますが、実は市振の芭蕉が泊まった宿、桔梗屋さんの13代目のご子孫。
桔梗屋さん自体は鉄道が開通するとお客様が泊まる必要がなくなりますので、明治の終わりに廃業されたようですが、ご自宅は今でも旅館があったその場所で、当時の雰囲気を今に伝えています。

でも、私はそういう歴史よりも線路の方が気になるわけでして、市振駅が開業したのは大正元年(1912年)。そして複線電化されたのが昭和40年(1965年)ですから、今向こうに見えるトンネルになる前の旧線がどこを走っていたのかというのが最大の関心事。

浦本や有間川もそうですが、新線トンネルに置き換えられる前は線路は海沿いを走っていて、今でもその時の名残りが見られますが、市振駅も糸魚川方面へ向かってトンネルの手前を左にカーブして山肌に沿って線路が敷かれていたことは確かです。
でも、国道が走っていて、線路がどこだったかわからないんです。

今日はその遺構が残っていないか、足を引きずりながら歩いたのでありますが、大発見がありました。

何を発見したかは私がご案内する「ぶらり途中下車の旅(略してぶら鳥)」の市振編でご案内させていただこうと考えておりますので、ネタバレはさせません。

午後からは能生駅に立ち寄ってみました。

今日の能生駅の桜の開花状況です。

咲きはじめました、と言ったところですね。

お天気は良さそうですので、あさって1日の撮影会の時にはもう少し咲いているでしょう。
5日は良い感じになると思いますし、大風が吹かなければ8日まで行けるのではないでしょうか。

ということで、ガイドブックに載っていないディープな旅をお届けするには自分の足で歩かなければなりません。
直江津から市振までは60kmありますから、なかなか大変なのであります。

60kmと言えば東京-平塚、上野ー成田に匹敵しますから、くまなく歩くのはなかなか容易ではありませんが、地元ですから何度も足を運んで自分の目で確かめるのです。

何でもないところに観光客を呼び込む秘訣は、自分が訪ねてみてその土地を好きになることが大切なのです。