セントレアの夜景

20:45に中部空港を出る羽田行の飛行機は、羽田まで車利用の私にとってはとても便利な便で、よく利用します。

羽田空港に着いてから家まで帰ることを考えると、新幹線よりもはるかに飛行機が便利だからですが、その日も、20:45に乗るために名古屋市内でゆっくり夕食を取って、19時半過ぎにセントレアに到着しました。

 

お土産を買う予定もなく、レストランへ行く必要もなく、預ける荷物もなく、あとはラウンジで出発まで時間をつぶすだけですから、私はカウンター前を通り過ぎて保安検査場の入口に到着しました。

空港内は出発ロカウンター付近もガラガラで、保安検査場にも列はなく、私はカバンの中から金属類を取り出してトレーに出そうとしました。

すると隣の列で航空会社の職員がお客様に何か言っています。

聞くとはなしに耳に入ってきたのは航空会社の男性職員の言葉。

 

「仙台行の飛行機はもうドアが閉まって出発準備が整っていますので、今からではお乗りいただけません。」

 

保安検査を受けながら、私は「おやおや」と思いました。

「出発時間の15分前までにここをお通りいただかないと飛行機には乗れませんから。」

男性職員は畳み込むようにそう話しています。

お客様はただただ唖然、茫然という感じで、なすすべもなく立ちすくんでいます。

「かわいそうに。乗せてあげればいいのになあ。」と私は思いました。

 

こういうことに出くわすと、私は時計を見る癖があります。

その時の時刻は19:42でした。

保安検査場に並んでいる人はいなくて、2つ開いていたゲートの一つに私がいて、隣りのゲートにその人が立っていました。

保安検査場を通り過ぎたところから搭乗口に向かう辺りにもほとんど人影はいません。

この時間のセントレアをご存知の方ならご理解いただけると思いますが、つまりはガラガラです。

セントレアは国内線に限って言えば、朝は大混雑でも夜はガラガラなんです。

だから、走れば間に合うかもしれないけど、まあ、遅れたのはお客さん自身だから仕方ないかなあ。

身支度をしながら振り返ると、茫然としたお客様は、抗議する様子もなく、男性職員に促されて後ろを向いて保安検査場を離れるところでした。

 

でも、どうも気になったんです。

そこで、ラウンジに入ってからパソコンを開いてチェックしてみたんです。

仙台行と言っていたので、ネットで検索するとその便は369便です。

出発時刻は19:50。

私が見たのが19:42でしたから、8分前です。

出発ロビーのあのガラガラの状態なら、8分前だったら走れば十分間に合うはずです。

でも、あのお客様は乗せてもらえなかった。

「あなたは15分前までにここを通過しなかったから、もう乗れません。」というただそれだけの理由です。

 

私の知る限りでは、航空会社の案内は、「15分前までに保安検査場を通過しないと、飛行機にお乗りいただけないことがあります。」という文言だったはずで、「飛行機に乗せません。」ではないはずです。

で、パソコンの画面をよく見ると、19:50発の369便は、19:44に出発していることに気づきました。

つまり、お客様が15分前までに保安検査場を通過しなかったことを理由に、時間より早くドアを閉めて飛行機を出発させてしまったんです。

それも最終便をです。

この便の後にはもう仙台に行く飛行機はありません。

 

「ひどいことをするなあ。」

私の気持ちは怒りに変わりました。

 

航空会社の出発時刻というのは、飛行機がプッシュバック(後ろに押し出される)時刻ですが、通常3つの呼び方で取り扱われます。

 

STD:時刻表上の出発時刻(Schedule Time of Departure)

ETD:予定出発時刻(遅れている場合の出発時刻の目安:Estimate Time of Departure)

ATD:実際に出発した時刻(Actual Time of departure)

 

このネット画面で言うと、予定時刻がSTD(遅れていなければSTDとETDは同じ)

状況欄で「出発済み」とされているのがATDですから、369便は19:44に実際にプッシュバックをしているわけです。

ということはその1~2分前には遅くともドアを閉めてブリッジをはずしていることになりますから、19:42に保安検査場でお客様が男性職員ともめていた時にはすでにドアが閉まってブリッジが外されていたということになります。

 

このように、乗る予定のお客様をゲートでカットしてその便に乗せないことを「オフロード」と言います。

この場合、もし荷物を預けているようであれば、保安規定上、その荷物もオフロードしなければなりません。

でも、オフロードされるお客様の荷物はどれだか航空会社の職員はわかりませんから、チェックインのデータをもとに、タグの番号から荷物を探し出すことになります。100名以上のお客様のうち、何名が荷物を預けているかにもよりますが、荷物を探し出してオフロードするためには2~3分でできるものではありません。

そう考えると、もしかしたらこのお客様は荷物を預けていなかったかもしれません。

荷物を預けていないお客様でしたら、ドアを閉めてブリッジをはずすだけで、簡単にオフロードできます。

保安検査場で私が見かけたお客様は、小さな鞄一つだけでしたから、きっと日帰り出張だったのかもしれません。

 

「ひどいことをしやがる。」

私はだんだんと怒りがこみ上げてきました。

 

確かにお客様は15分前までに保安検査場を通過しなかった。

これは100%お客様の責任です。

でも、保安検査場はガラガラで、出発ロビーもガラガラで、この時のゲートは保安検査場からそれほど遠いところではありません。

40代ぐらいの男性でしたから、「お客様、急いでください。」と言えば2~3分で飛行機に乗せることは可能です。

でも、航空会社はその男性客をオフロードした。

そして飛行機を予定出発時刻よりも少なくとも7~8分早くドアを閉めてしまい、6分早く出したのです。

 

実は私はゲート・インチャージや出発責任者を長くやっていました。

お客様をオフロードしたことも数えきれないほどあります。

でも、どんな時でも、お客様がゲートにいらっしゃらない場合は、出発時刻までは待ちましたよ。

 

出発時刻の定義は「プッシュバック時刻」だとしたって、それは航空会社の内部事情ですから、お客様はもしかしたら出発時刻までゲートに来ればよいと考えているかもしれないし、やはりお客様第一を考えるとすると、いくらそのお客様が15分前までに保安検査場を通り過ぎていないということをゲートの機械で把握できたとしても、それを理由に出発時刻前に手荷物を預けていないお客様を安易にオフロードするという理由が私には理解できません。

まして、この便は仙台行の最終便ですよ。

次の便はないからオフロードしたお客様を次便で救済できない。

最終便ですから、仙台に着いた飛行機は一晩駐機するだけで折り返し運用もありません。

だから数分遅れたとしても飛行機の運用上の制限はないはずです。

にもかかわらず、最終便のお客様をオフロードして飛行機を出発時刻よりも前に出した。

 

「ひどいことしやがる。俺は絶対にこの会社には乗らない。」

 

やっぱり、いつも申し上げている自分の選択が正しかったことを確認したのでした。

 

ここからは想像ですが、あの茫然自失となっていた40代の出張サラリーマンはその後どうなったのでしょうか。

私が担当職員だったら、翌日の始発便の予約を取り直してあげて、「お客さん、ホテルどうしますか?」と尋ねますね。

そりゃあ、お客様の責任で乗り遅れたのですから、航空会社はホテル代を払ってあげることはできませんよ。

でも、不慣れな土地で、もともと泊まる予定のない日帰り出張。それを乗り遅れたわけですから、お手伝いぐらいしてあげるのがサービス業としての責任だと私は考えます。

空港時代は同僚や部下に、「ちゃんとケアしてあげなさい。ただし費用はお客様持ちですよ。」と念を押してケアするように命じていましたが、はたしてこの会社はどうだったのでしょうか。

 

「乗り遅れたのはお客様の責任です。この航空券は予約変更も払い戻しもできません。明日の便はまた別の切符を買ってください。」とか言われて、放り出されて、ホテルも自分で探す羽目になってないだろうか。

 

そう考えると、とても気の毒になったのです。

 

約束の時刻までに保安検査場を通過しなかったのは自己責任と言えばそれまでですが、それを理由にオフロードされたわけで、だとすれば、そういう航空会社を選択したということ自体が、そのお客様の自己責任ということになることだけは間違いなさそうです。

 

セントレアの夜景。

 

美しい夜の景色ではなくて、夜のセントレアで私が見かけたかわいそうな光景、ということであります。

 

 

昨日今日と北海道は大雪で、たくさんの飛行機が欠航しています。

そしてたくさんのお客様が足止めを食らっている様子がニュースで放映されていました。

大雪で飛行機が飛べないのは航空会社の責任ではありません。

でも、困っているお客様を見たら、いくら会社の責任ではないとはいえ、きちんとお世話してあげなければ、何のためのサービス業でしょうか。

 

今回の大雪のような事態の時には、大人数のお客様を抱え、少ない人数の職員で対応することは困難です。

まして職員の方々だって、下手すりゃ自分たちも自宅に帰れない中、献身的にお客様をケアしている姿が目に浮かびます。

個人個人の職員の皆様方は、きちんとした姿勢で職務に従事していらっしゃるのは、鉄道会社も航空会社も同じですね。

あとは、会社そのもののサービスに関する姿勢が問われると、私は他社の事例を見て、自分自身を戒める昨日今日でございます。