あれから10年ですね。
昭和30年代ならともかく、今の時代にどうやったらこれだけの事故が発生するんだというのが私の当時の感想でした。
私はこの時成田空港に勤務していて、空港内の大画面テレビに映し出されたニュースの映像でこの事故を知りましたが、航空機の安全運航を司る身として、事故の背景として会社内部の「構造」があるはずで、その所を解決しない限り、運転士個人の過失責任で済ませてはいけないと考えていました。
今、いすみ鉄道の社長として、輸送の最大の使命である安全をどうやったら守れるか、いや、どうしたら安全を積み上げていくことができるかというのが私の責任ですが、現在のいすみ鉄道にもいろいろな問題があって、とくにヒューマンファクターによる部分に様々な課題が出てきていることに気付いています。
ヒューマンファクター(人的要因)としてのいすみ鉄道の特徴は、
・ベテラン運転士が徐々に退職していること。
・それを引き継ぐ運転士が乗務経験4年未満であること。
・新しい乗務員は、自分で希望して資金を出して訓練を受けた、とても意識が高い人たちの集団であること。
・ローカル線の職員として、6:4の割合で乗務以外の部分も担当していること。
・新しい乗務員といっても平均年齢は50歳を超えていること。
このような特徴がいすみ鉄道の乗務員にあります。
社長として危惧しているのは、年齢・経験年数をグラフにした場合、地元出身の経験約20年の2名以外ほとんど中間世代がいないことで、これは、いすみ鉄道と言う第3セクターでは、過去の時代において、経営者が長期的視点に立って人材育成をしてこなかったことが原因で、それは2~3年ごとに交代する責任者がお役所の退職者であり、自分がいる間だけ穏便に過ごせばそれでよいというTOPが長年君臨してきたからです。
そういう反省を踏まえて、私という公募社長がいるわけですから、過去はどうであれ、今、そして今後を何とかしなければならないのが私の仕事なのです。
会社の人員構成がこういう状況にあるときは、技術や経験の伝承という点で心細いものがありますから、私は退職年齢に達したベテラン乗務員の方々の中から、教官として数名の方々に残っていただき、お目付け役になっていただいています。
反面、その分が数字的には余剰人員になりますから、数字だけ見ている人たちからは人件費がかかりすぎているのではないかという批判にさらされるわけですが、そういう人たちは安全に対する責任を取ることはありませんから、私は多少の経費は掛かっても、あえてベテランに残ってもらうことにしています。
もう一つ、危惧しているのは、入社5年目以下、経験4年以下というのは、そろそろ手を抜き始めたり、仕事に対して真摯な態度が見られなくなる頃でもあります。つまり、ポカミスをやる人間も出てくるし、運転に慣れてくるといい気になる人間も出てきます。取材撮影のカメラが列車に乗り込むと、「運転の邪魔だから降りろ。」とか、撮影を手配した広報担当職員に向かって「今後一切私の列車には取材の人間を乗せるな。」などと生意気なことを言いだす人間も出てくる状況にあります。
私から見ると、現場でのこういうことがチームに不協和音を生み出し、それがもしかしたらヒューマンエラーに続くのではないかという心配があります。
実は、過去の航空事故においても基本的な部分でこのような職場内の人間関係や、考え方の相違、その解決方法を間違っていたためにコミュニケーションが取れず、事故原因になったなどということがいくらでもありますので、私はこの部分を解決するためにこの春組織替えを行い新しい部署を誕生させました。
その新しい部署というのが「Action Tank」という名称のチームで、これはよく言われるシンクタンクというのが研究機関であるのに対し、「考えるだけではなくて実際に行動するチーム」という意味で名づけたものです。
この「Action Tank」は、社長直結のチームで、自社養成乗務員1期生から4期生までの代表5名で構成し、サービス面、新規商品の開発とその運営、現場における安全管理、現在の会社内の問題点とその解決方法などなど、ジャンルや部署を越えた様々な問題を、まず見つけ出し、分析して、解決または実行するチームとなります。
まだ発足したばかりで、1~2回ミーティングをしただけですが、例えば運転の現場ではヒヤリとしたことや失敗例もそれぞれが経験しているはずです。それを隠すのではなく、みんなで共有することが事故を未然に防ぐことに通じますから、そういうことをまとめる機関としても、私は今のいすみ鉄道にこの「Action Tank」というチームは必要だと考えています。
彼らは、いろいろな業界で経験を積んできた人の集まりです。つまり、いすみ鉄道の財産でありますから、私の役割は、彼らのその経験や技量を、お客様へのサービスにつなげることで、サービスというのは、まず、安全運行、そして次に接客であり、各種商品であったりと派生していくものですから、社長が号令を掛けなくても自分たちで考え、問題解決し、実践していくことができる会社の中でのリーダーを育成する機関でもあるわけです。
第3セクターという組織は、お役所構造があります。お役所構造の一番苦手な部分がこういうところですから、社内に培ってきていないんですね。それを最初から積み上げていくことが安全管理の基本であり、サービスの基本であるわけです。
今までの乗務員の考え方としては、「私は安全運転が仕事ですから、お客様に対する笑顔なんて関係ありません。」というのが当たり前だったかもしれませんし、今でも大きな会社ではそういう人をよく見かけます。
でも、私はそれは違うと思います。
なぜなら安全はお客様に対する基本的なサービスだからです。
安全を守るということは基本的なサービスであって、プロフェッショナルというのは、その基本的な部分を完ぺきにこなすことはもちろんですが、そこからどうやって積み上げていくかということがプロがプロたる所以ですから、自分は運転だけしてればよいとか、接客は俺の仕事じゃないというような考えの人は、いすみ鉄道では要らない人間ということになります。
口だけ偉そうに言っている人間はたくさんいます。
じゃあ、君がやってみなさい、と言うと、「いや、私はできません。」とか、「それは私の仕事じゃありません。」と言う人や、自分の仕事の範囲を自分で線引きして、責任逃れする人もいます。私は、そういう人は鉄道会社で安全にかかわる仕事をするべき人間ではないと考えています。
皆で失敗事例も成功事例も共有して、一緒に考えて、口だけじゃなくて必ず実行するところまで持っていくこと。完成させることがこの「Action Tank」の主旨であり目的なのです。
そこまでみんなで考えて、一生懸命対策をとっていたとしても、それでも事故は起きるかもしれません。
いつの時代も事故は未知の原因による場合があるからですが、できる限りのことはやっておくこと。それにより、未知の部分が少しでも既知となることで、事故発生の可能性を減らすことが、安全を司る人間の使命だと思いますし、そうすることが、過去の事故で尊い命を落とされた人たちの犠牲を無駄にしないということなのだと考えています。
福知山線の事故から10年という節目に当たり、こんなことを考えた一日でした。
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