先月、大阪で第3セクター鉄道の社長の会議が行われました。
年に2回開かれるこの会議では、各社の取り組みなどが報告されるのですが、今回の会議では、「安全について」という題目で、前北越急行社長の大熊さんが講演をされました。
大熊さんは御年70歳を超える大先輩で、国鉄時代から鉄道一筋で歩んでこられた方。いろいろなところで執筆活動をされていますのでご存じの方も多いと思いますが、現在はJRの「安全の語り部」という役職で、後輩たちに安全の重要性を伝えるお仕事をされていらっしゃいます。
私は6年前にいすみ鉄道の社長になった時から、大熊さんにはとても可愛がっていただいていて、右も左もわからぬ若造を根気よく育てていただいた御恩があるのですが、その大熊さんが、「安全とは・・・」と、今更のようにおっしゃられるのですから、私も心してあらためて「安全とは何か」を考えなければならないと、わが身に言い聞かせるのですが、会議の後、大熊さんが、「鳥さん、お前さん会社へ戻ったら、社長自ら職員に安全教育をしなさい。」とおっしゃられたのです。
私は航空の現場に長く勤務していました。航空の現場というのは運航上の安全を確保するためにはシステムを増強するのはもちろん、人間工学的なことも必要ですし、鉄道と一番違うのはセキュリティーという点で、「誰かがこの飛行機に爆弾を仕掛けるかもしれない。」ということも常に考えなければなりませんから、なかなか大変な仕事なのですが、大熊さんは、そういう私の経験を踏まえて、「社長にしかできないことがあるだろう。」とおっしゃられたわけです。
私は昔から「馬には乗ってみよ、人には沿うてみよ。」という主義ですから、いすみ鉄道の社長になってから、ずっとご指導いただいている大熊さんがそうおっしゃるのですから、きっと何かあるのだろうと、素直に従って、今、いすみ鉄道の社内で、若手の運転士を集めて、「安全講習会」を開いているのです。
私は自分で鉄道の車両を運転するわけではありません。だから、ハンドル操作とか、そういうことで安全を守れというような教え方はできませんので、私なりに何を教えられるか考えて、「事故原因に潜むヒューマンファクター」ということと、「過去の事故例を学習し、将来の事故を未然に防ぐ。」という2つのテーマで、航空業界で実際に発生した事故例を紹介し、人間が陥りやすい罠というものがあるとしたら、自分の仕事の中のどの部分に潜んでいるかを、社員みんなにそれぞれ考えてもらおうという手法で、約1時間の講習を3回に分けて、10名の自社養成乗務員に行っています。
いすみ鉄道はJR時代からの運転士さんが平成27年度中に全員退職する時期を迎えていて、自社養成で乗務員になった40代、50代の「若手」が中心になってきていますが、乗務してから3年目ぐらいが最初の「危ない時期」でもありますから、今一度自分の仕事の仕方、仕事に対する向き合い方を考えてもらおうというのも狙いの一つであります。
さて、その講習会ですが、菜の花で混み合うピークシーズンを迎えるに当たり、職員各自にもう一度自分自身を含めて再点検してもらおうと、すでに2回実施しているのですが、講師である私が生徒である運転士さんたちに質問していることがあります。
それは、「どうしたら列車を正面衝突させられますか?」 ということ。
信号設備もきちんとしてるし、ATSもあるし、列車無線もある。
もし、運転士が勘違いをしたり、あるいは気がおかしくなって、赤信号を無視したとしても、必ず停止するシステムになっていますが、私がなぜこういう質問をするかというと、過去において、追突も含めて、列車同士が正面衝突する事故というのはとても多く発生しているからで、それが、いすみ鉄道よりはるかに安全設備が備わっている路線で発生しているのですから、いすみ鉄道でもいつ何時正面衝突が起きないとは限らないからです。
自分たちが毎日走っている線路で、毎日乗っている車両で、どうしたら正面衝突させることができるか。
そういうことを実際に仮説として考えてみることは、事故の芽がどこに潜んでいるかということを知る意味で、大切だと考えるからなんです。
いすみ鉄道は伊勢海老特急が大好評で、13000円もする列車が常に満席で、テレビがいつも取材に来てくれているのを見聞きすると、「いすみ鉄道はずいぶん儲かっているね。」とか、「すごい会社だね。」などという話を聞くかもしれませんし、うちのスタッフも周囲からそう言われているかもしれません。
でも、いすみ鉄道は地域にお金が回るシステムを作っているわけですから、伊勢海老特急も原価率9割でお料理を出しています。だから、お料理の内容が良くて、リピーターが多く、満席になっているだけのことで、実際には利益などほとんど出ていないのですが、世間様はそうは見てくれません。
「君の会社はすごいねえ。」という目で見られていれば、もともといすみ鉄道が好きで入ってきた職員ですからうれしい気持ちになるでしょう。
そうなると、もしかしたら、そこに「慢心」が潜んでいるかもしれません。
事故というのは、例えば踏切事故など、相手が無理やり進入してきた場合など、防ぐのが困難なものもありますが、せめてヒューマンファクター(人的要因)で発生する事故だけは防ぎたいというのが、今回の「社長が行う安全講習」のテーマです。
この道50年の大熊さんが、「安全とは・・・」と自らに問いかけている姿勢は、私のような若造としては忠実にトレースしなければならないと思っています。
大多喜で整備を受ける本日のキハ52。
もう間もなく出場し、7日土曜日から復帰します。
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