公募社長を募集するということ

先週の土曜日に東京の東武博物館で「社長サミット」が開かれました。
6つの鉄道の公募社長が一堂に会するイベントで、久しぶりにみんなが顔を合わせて思いを語り合いました。
そんなことがありましたので、公募社長として「公募社長」について考えをまとめて見ました。
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どうやら昨今は公募社長ブームのような気がします。
私たちが鉄道の公募社長として頑張っている姿が良い印象を与えているとしたらうれしいのですが、公募社長本人としてみたら、反面、「困ったものだなあ。」という気がしないでもありません。
先日、ある県の偉い方がいすみ鉄道にお越しになられました。
肩書を見たら驚くような人でしたが、1人でいらっしゃって私に尋ねるのです。
「うちでも公募社長を募集しようと思うのだが・・・」と。
その県にはいすみ鉄道と同じような第3セクター鉄道があり、知名度も全国区で、誰もが「絶対につぶれない。」と思っているほどの路線なので、
「どうしてですか? あんなに頑張っているのだから、大丈夫でしょう。」
と答えましたが、
「いえ、それが問題なのです。誰もが絶対につぶれないと思っているということは、働いている従業員たちも同じで、自分たちはこれでいいんだ、と思ってしまっている。だから、そこが問題なのです。」
という答えが返ってきました。
私はそこまで思っていませんでしたので「へえ、そうなんですか」と返事をしましたが、その次に
「公募社長として意見を申し上げるならば、安易に公募社長を募集しないでいただきたい。」と言いました。
その県の偉い人としては、自分のところは地方だから本当に優秀な人が公募社長としてきてくれるのかどうか。
来てもらうためには待遇も含めて、いったいどのような条件で募集すればいいのか。
そういうことを私に尋ねたかったのだと思いますが、私が逆に「安易に公募社長を募集しないでほしい。」と言ったので、少し驚いていたようです。
「どうしてですか?」
との問いに私は次のように答えました。
・鉄道というのは複数の自治体を結んでいますが、それぞれに鉄道に対する温度差はありませんか?
・その温度差を調整する役割の部署はありますか?
・県がちゃんと関与してリーダーシップを取れますか?
・地域の人たちの思いはどの程度ですか?
・そしてその地域の人たちの思いの方向性は一つですか?
これらのことが準備できていることが、公募社長を募る以前の問題として募集する側に必要だと申し上げたのです。
第3セクターのような地域が支える鉄道は、各自治体の議会の決議が必要なこともあれば、市長さんなど首長と呼ばれるリーダーの理解が必要なことも多くあります。
ところが、鉄道が結ぶ路線上にある自治体では、それぞれの立地条件があり、それぞれに温度差があるのが常です。
例えば、JRの幹線から分岐する第3セクター鉄道の場合、始発駅のある自治体と、路線の奥の方の自治体とでは、ローカル鉄道に対する認識が違います。
一般的には幹線から分岐する始発駅の自治体は、JRが走っていればそれで良いわけで、そこから奥の方に入っていくローカル線の必要度は低いものです。
だから、奥の方にある自治体が「この鉄道は必要だ。」というのに対して、入口にある自治体は「別になくても良いですよ。」となる。
ところが補助金や赤字欠損金などは等分に負担しなければなりませんから、そこに議論が巻き起こるのです。
一方、こんな例もあります。
JRから分岐する第3セクター鉄道でも、その路線の奥の方に高速道路が完成して、奥の方の地域の人にとってみたら、わざわざ鉄道に乗ってJRの駅まで行き、そこから特急列車に乗り換える必要がなくなってしまった地域もあります。そういうところでは、たとえ内陸部であっても、「鉄道はなくてもよいです」という意見が主流を占めます。
ところが、入口にあたるJRとの接続駅を持つ自治体としては、路線の奥の方がいらないといったとしても、第3セクターが無くなってしまえば自分たちの駅は乗換駅でも接続駅でもなくなってしまいます。そうすると、今まで停まっていた特急列車が停まらなくなる可能性がある。
つまり、交通体系が変わってしまうことになり、それが理由で町を人や物が通らなくなり、町そのものが廃れる可能性があるのです。
そして、面白いのは、自分たちには幹線があり、特急や新幹線も停車するから、奥の方へ向かうローカル線は要らない、と言っている自治体が、もし分岐するローカル線が廃止されたら、自分たちの幹線の駅にも特急や新幹線が停車しなくなる、あるいは本数が減って、自分たちの町の経済にも大きな影響があるということに全く気付いていないところがほとんどなのです。
そんな状況の中、他所からやってきた公募社長が、「鉄道を廃止したらこの町には色々な影響が出る。」いうような意見を客観的に示したとしても、なかなか理解してもらえない。
そんなことを沿線のいくつもの自治体に説明して回っているようでは、いつまでたっても本格的な立て直しに着手できないばかりか、周りからスポイルされることばかりで、だんだん疲れてきて、元気がなくなってしまうのです。
ひどい例になると、H県のH鉄道のように、K市の市長が変わったとたん、「お前は要らない。」と簡単に公募社長が首を切られるという事態が起きる。
就任してから徐々に業績がアップしてきて、結果が見え始めているというのに、なんとも理不尽な話ですが、その程度の自治体には公募社長を募集する資格すらないと言えるのです。
公募社長を募集するということは、自分たちの力ではどうにもならなくなったと正直に白状することで、そのためにはきちんとした準備をしてお迎えするということは、基本的な認識事項です。
そして、公募社長というのは、その地域や鉄道を何とかしようという熱い思いがあって、自分がそれまで築きあげてきた地位や待遇を捨ててまで、その地域のためにやってくるのです。
つまり、公募社長は安全で大きな船から荒波に飛び込んで、それでもやってみようという熱い思いで来るのですが、採用する側が自分たちだけ安全なところにいて、「じゃあ、どれだけ頑張るか見せてくれ、期待してるよ。」程度の考えしかないところは、公募社長を募集する資格すらない。
そんなに安易に「公募社長を募集すれば何とかなる。」的な発想を持たれても、人生を掛けて応募する側としてみれば、これほど無責任なことはないと思ってしまうのです。
まあ、その程度のことしか考えられない人たちが集まっているから、現状、その町や鉄道がそうなってしまっているというのが事実なのでありますが、それが、そこにずっと暮らしている人たちにはなかなかわからないのです。
(つづく)