20時の東京行

昨日は夜7時前に徳島を出る飛行機で東京へ帰ってきましたが、10年ほど前から羽田空港の運用時間が徐々に拡大されて、夜遅くまで飛行機が飛べるようになりました。
そのおかげで、今では日本の各都市から、夜の20時台でも東京へ帰る飛行機が設定されています。
北海道の札幌はもちろんのこと、女満別や釧路、帯広、旭川といった都市から。
九州でも長崎や鹿児島、熊本などからも20時を過ぎても東京に帰ることができるようになりました。
私は、航空会社に勤務していましたので、遠くのローカル線に乗りに行くときは、いつもだいたい飛行機でサッと行って、目的の線だけ乗ったら、また飛行機でサッと帰ってくるというパターン。
週休2日の休みを利用するわけですから、できるだけ現地で時間を取ろうとすると、やっぱり飛行機にはかなわないのです。
30代のころは、現地で目的のローカル線に乗ると、その晩は近くの温泉宿に宿泊し、のんびりと温泉につかってしばし解放感を味わうことを毎月やっていました。
しかし年を取るにつれて、それまではよく鉄道の旅に付いてきた子供も、一緒にくることがなくなり、どの観光地にも立ち寄らずに列車に乗るだけの旅行では同行者がいるわけでもありませんから、必然的にいつも一人旅に。
なんだかつまらなくなってきたのです。
40歳や50歳という節目を迎えると、人間、不思議なもので、ふとしたきっかけで、それまでと考え方が変わっていくものです。
鉄道に乗ること、走行する列車のリズムを体で感じることはしみついた習性のようなもので、いくつになっても飽きることはありませんが、温泉旅館は、どんなに風情があるところでも、基本的には一人で行くところではないのです。
その時は確か、山陰本線のDD51が引く12系客車とキハ58系の快速に乗りに行って、米子の皆生温泉に泊まっていた時だったと思います。
旅館にはだいたい6時過ぎに到着し、お風呂に入ると夕ご飯は7時。
これが定番のコースです。
目の前には豪華な料理が並び、ビールがうまい瞬間です。
ところが、毎月毎月こんなことをやっていると、気が付くといつもいつも温泉宿で、7時のNHKニュースを見ながら一人で夕飯を食う自分がいて、何だかむなしさを覚えるようになりました。
だいたい、日本全国どこへ行っても旅館の食事も同じに見えてきたのです。
そんな時、ふと窓の外を見ると、海の向こう米子空港から飛行機が離陸していく灯が見えます。
時刻表で確認すると、夜8時を過ぎてもまだ東京へ帰る便があることがわかります。
鹿児島の霧島温泉や妙見温泉、熊本の阿蘇などは最たるもので、露天ぶろにつかっていると、頭の上をゴーッと爆音を立てて飛行機が離陸していきます。
可愛い子ちゃん同伴ならば2泊も3泊もするのですが、40オヤジの一人旅(当時)では何の色気もありませんから、面白くもなんともない。
まして、私が好むのは山の中のひなびた1件宿ですから繰り出すところなどはありません。
ローカル線+温泉旅館を毎月毎月10数年続けていると、「たまにはのんびり温泉旅行」も日常となってしまい、わくわくしなくなったのです。
そこで私は予定していた宿泊をやめて、20時の飛行機に乗って家に帰ることにしました。
ところが、家族としてみれば、泊まってくるはずの親父が帰ってくるとなるといろいろ不都合なことが生じるようで、旅行に出ると、夜8時を過ぎたころに息子から携帯に電話が入るようになりました。
「お父さん、今日はどこの温泉に泊まっているの?」と。
夜8時過ぎにかけた携帯に私が出れば「今日は予定通り泊り」。
携帯が留守電だと「飛行機の中」ということで、「やばい、帰ってくるぞ」と身構えるわけです。
家に帰ったからって何するわけでもないのですが、温泉はローカル線に乗った後の立ち寄り湯で十分だし、もともとグルメではありませんから、その土地のうまいものは飛行機に乗る前に、空港のレストランで一杯ひっかけながら味わうだけで十分なのです。
その後、私は自宅にある20坪のウッドデッキの一部に露天風呂を作りました。
日曜大工で作った露天風呂は浴槽の大きさが140cm×160cm。追い炊き機能も付いた本格的なもので、自宅は田舎で、しかも高台ですから、人目も気になりませんし、眺めも良い。
水道水ではあるけれど、毎日のように自宅で露天風呂に入るようになると、本当に温泉にはいかなくなってしまいました。
昨今では高級旅館で専用露天ぶろ付き客室などというものができてきていますが、そういうところでも、けっきょく体を丸めて膝を抱えて入るような浴槽ですから、私にとっては何の魅力も感じなくなってしまったのです。
温泉旅行も、「行ってみたい」と思っているうちが良いのだと思います。
夜の8時の飛行機に乗れば帰ってこられるようになると、温泉旅館どころか、出張客相手のビジネスホテルなども地方都市では営業が立ちいかなくなる時代になってしまったのです。
その証拠に、この時間帯の最終便はいつもビジネスマンで込み合っています。
昨日の徳島―東京も、最終便とその前の便が2つの会社共に満席でした。