大井川鐵道では6月1日から井川線の運用変更を予定いたしております。
プレスリリースを準備していましたが、静岡新聞さんが本日記事として出されてしまいましたので、ネットを含めていろいろな憶測が飛び交っている状況となってしまいました。
したがいまして、ここで私からきちんとお話をさせていただきたいと思います。
ネット民がそれぞれの場所でいろいろお話をされているかもしれませんが、フェイクニュース対策など昨今いろいろと情報発信が求められていますので、ここに真意を記します。

【井川線の経緯と現状について】
大井川鉄道井川線は、大井川鐵道本線の千頭駅から奥に伸びる25.5kmの路線で、戦前に電力開発のための専用鉄道として建設が開始され、昭和30年代にほぼ現在の形となりました。
当時は自動車などの交通機関がなかったため、住民たちも日常の足として利用していましたが、電力会社の事業用専用鉄道に旅客を乗せることは認めることができないと国から注意をされました。
そこで、当時千頭まで走っていた大井川鐵道が電力会社から運行を受託する形で契約を交わしました。
これが今から67年前の昭和34年のことです。
その後、ダム建設による立ち退きなどがあり、移転を強いられた住民への便宜を図るため、長年地域の足として利用されるとともに、南アルプスの入口としてハイカーなど観光客にも利用される鉄道となりました。
ところが、井川線の現状を見ますと、沿線地域の人口減と過疎化により、地域住民の皆様方の利用は皆無となり、過去15年間定期利用者がゼロという状況が続いています。
皆様ご存じと思いますが、鉄道会社が地域に配慮するのはこの「定期利用者がいるかどうか」ということであり、例えば釧網本線の五十石という駅がありましたが、最後の定期利用者だった高校生が卒業するのを待って駅を廃止にしていますし、昨今廃止された留萌本線についても、廃止の決定から数年の期間をかけて、定期利用者である高校生が卒業するのを待って廃止されています。
青森県の弘南鉄道大鰐線についても、2024年11月に廃止の発表がされましたが、廃止予定日は2028年3月末としています。これは2024年11月の段階ですでに沿線の学校への進学希望者がいることを前提に、その子が入学してから3年後に卒業するまで列車の運行を継続するという地域の利用者への最大限の配慮でありますが、このようにして、鉄道事業者は地域住民利用者へ最大限の配慮を行うものと私も考えています。
ところが、井川線の場合は過去15年間にわたって定期利用者がいない状態ですので、地域の足としての役割は終了していると判断できます。
ただし、鉄道には社会的便益性がありますから、例えば、将来的に車の運転ができなくなったらこの土地には住んでいられないという不安をお持ちの方もいらっしゃると思いますので、「走っていれば乗れますよ。」という社会便益を提供するべく、今回の改定には「地域住民の皆様方へのフリーパス(2年間有効、発行手数料1000円)」というアイテムを含んでいます。
鉄道が走ることによって、その土地そのものの価値を上げるということは、近年開業した宇都宮ライトレールですでにその効果が実証されていますが、現在全国的に問い沙汰されている山間地域の将来性についても配慮したものとなっています。
【井川線の変更点について】
さて、では大井川鐵道が6月1日から実施する井川線の改定について、その内容を説明させていただきます。
1:井川線の列車(1日5往復)について、全列車を観光列車化し、乗車料金を1人1乗車3500円(小児半額)に設定します。
観光列車とは旅行商品として事前予約制で発売するもので、事前にご予約いただくことで必ずご乗車いただける(お座りいただける)列車を提供いたします。
また、観光列車として、アプト式電気機関車を連結するアプトいちしろ駅や、世界的に有名な奥大井湖上駅などで停車時間を設定し、観光案内を行います。
2:1日1往復、普通乗車券で利用できる列車を設定します。
地元の温泉への宿泊など観光客への利便性を図るため、普通乗車券のみで乗車できる車両を、下り405列車(千頭14:35発接岨峡温泉行)、上り402列車(セット峡温泉10:45発千頭行)の1往復に設定します。(ダイヤは現状のもの。若干の変更を予定)

この方式はかつてJR九州の肥薩線の観光列車「いさぶろう・しんぺい号」に採用されていた方式で、観光列車の一部を地元利用者が乗車券だけで乗車できるようにした例に倣っています。
3:地域の皆様方へ、定期券式のフリーパスを発行します。
現状は定期利用者はゼロでありますが、将来的に車が運転できなくなっても鉄道が移動機能を果たせるように、地域住民の皆様方へ向けて2年間有効(更新式)、発行手数料1000円で、405、402列車以外の観光列車を含む全列車にご乗車可能な住民パスを発行し、利用促進を図ります。
4:大井川鐵道は井川線を重要な観光資源として、地域を宣伝するとともに、今後積極的に誘客に努め、地域への集客に結び付けてまいります。
▲ここまでが6月1日から実施する井川線の改定の概要であります。
今後、事前予約サイトの構築、ホームページでのお客様への周知を行ってまいります。
【世界の観光列車の現状】
今、世界的に鉄道による観光が見直されていまして、観光列車そのものが観光のツールになっている事実があります。
観光列車というのはふつうの鉄道が「目的地へ行くために乗る」のに対し、「乗ることそのものが目的」となるのが観光列車であり、「おもしろそうだ」とか「乗ってみたい」と思われるような列車が走ると、その地域に用がない人でもやってくる動機づけになりますから、そういう意味で観光列車が地域への観光客の集客ツールになるということはすでに皆様ご理解いただいていると思いますが(17年前の段階で私がムーミン列車をやると言ったときには、まったく理解されなかったことを懐かしく思い出します。)、では、その観光列車が「いくらなのか?」、世界的な相場を見て見たいと思います。
1:インドのダージリンにあるおもちゃ列車と呼ばれる観光列車:約20米ドル。
2:台湾の阿里山森林鉄道:約3000円
3:スイスロートホルン鉄道:2万円(往復)
このように「乗ることそのものが目的」となる観光列車は急峻な山岳地帯を走るなど維持費も相当かかるため、世界的に見ても一般の交通にはない価格設定がされています。
台湾の阿里山林業鉄道は大井川鐵道とは姉妹鉄道締結をしていますが、その阿里山林業鉄道が発着するのは台湾南部の嘉義駅です。
その嘉義駅まで、台北駅から260km。急行列車「莒光号」で4時間半かかりますが、阿里山林業鉄道はその料金とほぼ同じ金額です。
台北から嘉義まで特急列車の「自強号」では3時間半ですが、その場合は3800円ですから、井川線の場合は東京から静岡までJRで来るのと同じぐらいの料金ですね。
観光列車というのはそういう相場なのです。
アプト式や奥大井湖上駅など井川線の希少性を考えると、オンライン予約を導入し、これからインバウンドを誘致していこうという時に3500円という金額は決して高くはないと考えます。
【乗客が減るという恐怖】
地域の皆さんが心配されているのは、3500円という金額で乗る人が減るのではないか、イコール地域への観光客が減るのではないかということです。
確かに金額を上げれば利用者は一時的に減るかもしれません。
では、いったいどういう人たちが乗らなくなるのかということを考えた場合、区間利用者が減ると予測しています。
区間利用者というのは、例えばキャンプ場でキャンプをしている人たちが、目の前を走っている井川線の列車に「ちょっと乗ってみよう」という動機で乗る人たちです。
世界的にも珍しい急こう配を登るアプト式という区間が井川線にはあります。
キャンプをしている人たちが「ちょっと乗ってみようか」という動機で、アプトいちしろ駅から長島ダム駅までのアプト区間を乗車する人は時折見かけます。
また、長島ダム駅の駐車場に車を止めて、「ちょっと乗ってみよう」と有名な奥大井湖上駅まで乗車するような人も見かけます。

▲世界的に人気がある奥大井湖上駅
では、その区間が現状いくらなのかというと、アプトいちしろ―長島ダム間も、長島ダムー奥大井湖上駅間も片道160円です。
おそらくそういう「ちょっと乗ってみよう的」な動機でご乗車されるお客様は「高いからやめておこう」となると思います。
でも、そういう方は別目的ですでに沿線に観光にいらしていらっしゃる方ですから、井川線に乗らないからと言って町へやってくる観光客が減るということは考えにくいと思います。
それよりも、世界的に珍しいアプト区間も、奥大井湖上駅も160円です。
これを放置しておいて「会社が赤字で大変です。」というのは、私は経営者として放っておくことはできません。
これでは鉄道が維持できませんからね。
ではどうしてこういう値段設定になっているかというと、昭和の時代から「地域の足」としての運賃設定だからです。
他の一般の鉄道路線と同じ基準、同じルールで運賃が設定されているわけですが、地域利用者は皆無で乗るのは観光客ばかり。
しかもお金は地元民利用と同じ基準。
これは果たして正しいのでしょうか。
鉄道事業のような過去から脈々と続いてきているような事業の場合は、今までに成立してきた制度や仕組みというのが、これから変化しようという時に大きな足かせになっているというのが現状だと私は思っています。
前例主義にとらわれることなく、やたら時間をかけることなく、世の中の実情に合わせて変化をしていかなければ、鉄道の将来は無いのです。
昨今、地元のインフラを守るために観光客からお金をいただくというスキームが定着してきています。
京都の市バスも京都市民は200円、観光客は350円というようなスキームが出てきています。
姫路城の入園料も観光客は2500円、市民は1000円です。
国だって観光客からもっとお金を取ろうということで、出国税と呼ばれる国際観光旅客税を現行1000円を7月1日から3000円に一挙に3倍に改定すると聞いています。
国だって一気に3倍にするようなことを躊躇なくやる時代ですから、私たちもその変化に合わせなければならないのです。
こうして観光に来る皆様から観光相場にあった料金を頂戴して、地域のインフラを守るということについて、私は少なくとも井川線には適用するべきだと考えています。
【会社の仕組みについて】
大井川鐵道は純粋な民営鉄道です。
株式会社でありますが私鉄であり第3セクター鉄道ではありません。
地域の資本が入っていませんから地域は経営には参画していません。
つまり、私の口から「地域のための鉄道」とはっきりと申し上げることができない状況にあります。
私は今まで3つの鉄道を預かってきていますが、2つは第3セクター鉄道でした。
第3セクター鉄道であれば損失補填もありますから、「地域のための鉄道」ということで、多少赤字でも実施しようということができましたが、大井川鐵道のような民営鉄道(私鉄)では、赤字を放置しておくことができません。
井川線は所有が電力会社で大井川鐵道は運行受託しているだけですが、そういうスタイルは「やってもやらなくても同じ」というかつての国鉄を思い出すような、親方日の丸的なもので、一生懸命努力しようという活力が出てきません。
世界的に珍しいアプト式区間や、大人気の奥大井湖上駅、日本一高い関の沢橋梁など、沿線には見どころが豊富で、もっともっと誘客営業をしたいのですが、収益が上がらないものに対して会社としては時間も労力も資本も投入することはできないのですが、今回は電力会社との話し合いで増収分の一部は大鐵の収入となるシステムを作りましたので、これからは井川線をもっともっと積極的に売り出すこともできますし、地域に観光客を呼ぶような施策を取ることが可能になります。
一例ですが、5月1日の長島ダムインフラツーリズムのツアーも満席になっていますし、6月7月は食堂車「オハシ」と寸又峡温泉宿泊プランも設定して営業活動をしています。
今後計画されている静岡空港への韓国便増便に合わせて、韓国の旅行会社への営業へも行くことが可能になります。
そういう活性化策がこの井川線の観光列車化の主眼となっていることをご理解いただきたいと思います。
【将来に対する漠然とした不安】
人はだれしも将来に対して不安を持っています。
その不安が具体的に何を示すのかわからないと余計不安になります。
まして変わることに対しては拒否反応が出ることもあるでしょう。
「僕の将来に対するただぼんやりとした不安」
芥川龍之介が遺書に書き残した言葉です。
それだけ、人間というものは将来に不安があり、同時に変わっていくことにも不安があります。
でも、本当にそれでよいのでしょうか。
何が不安なのかを的確に分析して、それに対して対応していくこと、つまり変えていくことが、私たちの人生には必要ではないかと考えます。
地元の皆様方が井川線の改定に反対の声を上げていますが、そのお話を聞く限りは「将来に対する漠然とした不安」であり「今と変わることへの不安」だと判断できます。
では逆に、今のままでよいのでしょうか。
全国的に人口が減少して、地域が衰退していく中で、特段の策を持たず、今のままで、今まで通りで良いのかというと、私はそうは思いません。
まして株式会社としては放置することも見過ごすこともできない状態にあります。
経営者として私に課せられていることは、大井川鐵道という株式会社をしっかりと再生することです。
第3セクター鉄道ではありませんから「地域のために」と声を大にすることはできません。
ただ、私としてはこの素晴らしい沿線地域を何とかしたいという気持ちがありますから、今回の井川線の改定を行い高収益体質を付けることで、地域のためにもっともっと井川線を宣伝したいと考えているところです。
100パーセント全員に賛成を求めることはできないとは思いますが、鉄道とともに地域の将来を作っていくこの改定をご理解いただきたいと思います。
今夜の所はこの辺で。
最後までお読みくださいましてありがとうございました。
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