
私の職場環境は大変ありがたいところにありまして、こうして発車していく列車を目の当たりにすることができます。
自分のデスクで仕事をしていると発車の合図の汽笛が鳴ります。
SLだったらポ~、電気機関車だったらピョ~!
「おっ、発車だ!」
そう思って窓を開けて列車を見送るのが私の日常ですが、私が気にしてるのはその「汽笛」なのです。
運転に心がこもっているかどうか。
この汽笛が重要なのです。
どういうことかというと、汽笛によって、運転士の心構えの違いを感じるからです。
列車の運転というのは個人差があってはいけません。
あの人が運転するとうまくいくけど、あちらの人はうまくいきません。
そういう性質の仕事ではありませんから、誰がやっても同じように列車を走らせなければなりません。
だから、汽笛の音で運転に違いがあるという話ではありません。
でも、汽笛の鳴らし方ひとつで、私はその運転士が心を込めて運転しているかどうかを感じます。
毎日の仕事だし、別に心を込めなくたって列車は定時に、安全に走ります。
だから、そんなことは評価に値することでもありません。
でも、やはり違うんです。
私は、もうかなり以前のことになりますが、飛行機の運転をしていたことがあります。
その時に教官から言われたことは、「考えて操作しろ」ということです。
飛行機なんて誰が運転したって同じです。
同じように安全です。
でも、考えてる人間と考えてない人間とでは違うと思うのです。
バスでも市内電車でも、考えている人と考えていない人の違いは出てくると思います。
同じように運転して、同じ時間で、安全に目的地に到着する。
でも、例えばバスならクラッチのつなぎ方ひとつで気持ちを込めているかどうかわかるじゃないですか。
自分が何のためにこの仕事をしているのか。
何のためにバスや列車の運転をしているのか。
そういうことをきちんと認識して、考えて運転しているかどうかは、お客様にはわかるものです。
大井川鐵道の場合は機関車けん引ですから、東京の最新型の電車のようにはいきません。
一つ一つの操作をきちんとできるかによって、スムーズな運転になるか、ギクシャクした運転になるか、違いが出てきます。
その時の重量や編成両数、気象条件、補機が付いているのか単機なのか。
同じ条件の列車というのは2つとありません。
そういう列車の運転に対して、「まぁ、こんなもんでしょう。」とハンドルを握っているのか、そうでないかは大きな違いが出てくると私は考えます。
だから何だ?
と、言われれば反論する意欲は沸きませんが、私は職業というものに対して、自分が常に切磋琢磨して研鑽していくことは尊いことだと考えています。
自分が業界関係者だということもあって、飛行機に乗ると気になることがあります。
それはタキシングと呼ばれる地上滑走です。
飛行機がプッシュバックしてゲートを離れます。
滑走路に向かってゆっくりと進んでいくことをタキシングと言いますが、そのタキシング中の走行が気になります。
最近では飛行機の前の方の座席に乗せていただくことが多くあるのですが、多くの機長さんたちはタキシング中に前輪でセンターラインをきちんとキープしています。
滑走路や誘導路のセンターラインには鋲が打ってあって、そこにライトが埋め込まれています。
その鋲を前輪で一つ一つ踏んで行くとカタン、カタンと振動が機体に伝わってきます。
通常、ジェット機が離着陸する滑走路の幅は60メートルです。
誘導路も30メートル、あるいは45メートルの幅があります。
それだけ広い滑走路や誘導路ですから、別に数十センチぐらいズレたって安全性には全く問題ありません。
でも、機長さんたちはきちんとセンターラインをキープして、鋲を一つ一つ踏んで行きます。
彼らは二十歳そこそこから訓練を受けて、機長になるまで10年以上の年月を要しています。そして機長になってからも定年までずっと飛び続けます。
つまり、この道何十年のベテランです。
そのベテランの機長さんたちが、基本に忠実に、毎日きちんと考えながら操縦していることが、前輪でセンターラインを踏んで地上滑走していることからよくわかるのです。
まぁ、こんなことを考えて乗っている乗客は私ぐらいかもしれませんが、そういう飛行機に乗り合わせるととても安心できるのです。
皆さん、車を運転するときに、自動車教習所で習ったことをきちんとやっていますか?
人間は慣れてくると手を抜くものですし、だんだんと自己流になってきます。
鉄道車両の運転だって、長年やってると適当な運転をしている人も多いでしょう。
もちろん、毎日考えながら運転している人もたくさんいると思いますが、私はそれがプロ意識だと思います。
会社の窓から発車していく列車を見送りながら、私はそんなことを考えています。
汽笛の鳴らし方ひとつで、どういう運転をしているのかわかりますからね。
「面倒な社長だなあ。」
と考えるかどうかは、仕事に対する構え方だと思いますが、だからと言って安全性が損なわれるという話ではありませんから、私は何も言わずに毎日発車を見送っているのであります。
気は心、ならぬ、汽笛は心。
私はそう思っています。

絶妙なタイミングでいい汽笛鳴らすんだよねえ。
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