昨日ははがきの話をしました。
5円のはがきっていったいいつのものなんだと調べたら昭和30年代だったようです。
今、来月の大阪のイベントに向けて古札、廃札を集めて袋詰めにする作業をしていますが、はがきはその途中で出てきたものです。
古札、廃札が段ボール箱に入ってド~ンと出てきましたが、中にはこんなものがあるのです。

昭和45年8月の切符です。
昭和45年8月と言えば私は小学校4年生。
板橋区の学校は千葉県の岩井海岸へ臨海学校へ行っていましたが、私も行きました。
小学校4年生。もうはるかかなたの思い出ですが、その同じ時の切符ですよね。
大阪万博が盛大に開催されて、学校でも比較的お金持ちの家の子だけしか行かれなかった。
もちろん私は行かれませんでしたが、行かれない悔しさに「万博なんか興味ないよ。」と言っていたのを思い出します。
確かに万博には興味ありませんでしたが、大阪というところには行ってみたかった。
遠くまで電車に乗ってみたかった。
何しろ私は小学校5年生まで関東地方から出たことがなかったんですからね。
てなことを思い出しましたが、その時の切符です。
生まれてない方も多いと思いますが、大井川鐵道の倉庫に眠っていたのです。

こんな切符もありました。
2等って書いてあるのがお分かりいただけると思います。
未使用品なので日付の刻印はありませんが、それまで1等(グリーン車)、2等(普通車)と呼ばれていた国鉄の等級が廃止されたのが昭和44年。1969年ですから、それ以前の切符ということになります。
短距離切符にもかかわらず途中下車前途無効と書かれていませんし、「通用発売日共2日」というのが不思議ですね。

さらにこんなものも。
こちらは3等と書いてあります。
クハ、モハ、キハ、オハの「ハ」はイロハのハですから、つまりは3等車。
昭和35年までは3等級で、それが2等級になって昭和44年に等級が廃止されたということですから、この切符は昭和35年以前のものということになりますか。
だとすれば実に私と同い年ということになります。
大井川鐵道に1等車や2等車があったとは思えませんが、一般庶民が乗る列車は基本的には3等車だったという時代のものです。

犬間とか川根唐沢とか、すでにない駅のものもありますね。
これをお宝と見るかゴミと見るか。
私にとってはお宝ですから、この宝の山を今自分で選別して、袋詰めして、価値がわかる人に向けてお届けしようと準備をしているところです。
段ボール箱2つ出てきましたが、無尽蔵にあるわけではありませんから、1月の大阪でのイベントで売れてしまえばおしまいでしょうね。
お好きな皆さんに公平にいきわたるように、私自身が選別して袋に詰めますから、欲しい方はぜひ、大阪鉄道博でお求めください。
ATCホールにお持ちいたします。

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