中央フリーウェイ

夕暮れの高速道路を西へ向かって車を走らせていた。

山はすでに黒くなっていて、その向こうの空がオレンジ色の名残りを見せている。
9月の日曜日、昼間の熱気が残っていたが、少し窓を開けるとゴーッという音とともに涼しい風が入ってきた。

「ねえ、私の話聞いてる?」

サイドシートで美少女が言った
彼女は体を少しねじって横向きに座り、ボクの方を向いて口を尖らせている。

「ああ」
「じゃあ、今なんて言ったか言ってみてよ。」

そう言っていたずらっぽい目でボクを見つめている。

前に付き合っていたガールフレンドは助士席に座るといつも正面を向いていて、二人の会話もお互いに前を向いてするのが当たり前だと思っていたけど、この子は体をこちらに向けて、つまり進行方向から右を向いて、ボクの方を見ながら話す癖がある。

だから、話しかけられたボクは片手でハンドルを握りながら、ときどき彼女の方を向かなければならない。

「ごめん、風が強くてよく聞こえなかった。」

そう答えると美少女は私に顔を近づけてきて、耳元でささやいた。

「愛してるって、言ったの。」

しまった。
そんな大事なことを聞き逃してしまって、彼女に2度も言わせてしまった。

ボクはちょっと体裁が悪くなって、カセットテープを車のステレオに差し込んだ。
こんな時は音楽でも聴かないと間が持たない

右に見える競馬場
左はビール工場
この道は、まるで滑走路

ちょっと口ずさみながら胸のポケットから煙草を取り出して火をつけた。
フ~ッと煙を吐くと、開けた窓から煙がス~ッと逃げて行く。

「あなたがタバコ吸うところ、カッコいいわ」

彼女はボクの横顔を見つめながらそう言った。

「ありがとう。キミもチャーミングだよ。」

まっすぐボクの方を向いて話す彼女を横目で見ると本当にそう思った。

車のスピーカーが次の曲に変わった。

あの人のママに会うために
今、ひとり、列車に乗ったの

「今なんて言った?」
「えっ?」
「列車って言ったろ。なんで列車なんだ? なんで電車じゃないのか?」

ひとり言だけどひとり言とは言えないぐらい大きな声が出ていた。

そう、どうして電車じゃなくて列車なんだ。
ママに会いに行くことは長距離なのか?
だから電車じゃなくて列車なのか?

ちょっと待て、

夜行は列車だよな。電車じゃない。
夜行電車とは言わない。夜行列車だ。
長距離だからか?
頭の中が混乱していた。

「ねえ、時計変えたの?」
「えっ?」
「いつもと違う時計してる。」

サイドシートの彼女がボクの左手を見て言った。

「おい、何言ってるんだ。この間キミが、いつも同じ時計をしてるとすぐにボクだってことがバレるから時計を変えろって言ったんじゃないか」

「あら、そうだったかしら。」

ボクは右手でハンドルを持ち、左手はさりげなくギアレバーの上に置いていた。
彼女は手を伸ばし、ボクの左手を自分の手で包みながら言った。

「あら、この時計もDIESELなのね。」
「そうだよ。ボクは電化されていないんだ。」
「ふふふ」

彼女の口元が笑った。
そうだ、電化されていなければ電車じゃないから列車なんだ。
でも待てよ。ママに会いに行くのに電化されてないって、どこの田舎の話だ?
この都会的な歌がそんな田舎の話のわけないだろう。

車のフロントガラスに映る景色はすべての光を失って真っ暗になった。

***************

と、ここで目が覚めた。

なんだ夢か

ふと横を見ると目が合った。
昭和の美少女がこちらを見ていた。

「起きたの? うなされてたわよ。」
「あぁ」

うなされてた?
だとすると何か変な寝言を言ったかもしれない。
寝言が一番ヤバいんだ。

かなり月日は流れたけれど、隣りで私を見つめる彼女のいたずらっぽい目はあの時のままだ。

「今何時だ?」
「6時ちょっと前」

寝起きの頭でどんな寝言を言ったのかを確かめる勇気はない。
私はくるりと背を向けた。

今日は休みだ。もう少し寝ることにしよう。

そういえば、あの坂道を登ったレストランはまだあるのだろうか。
あの辺りはずいぶんマンションが建ち並んだから、もうあのレストランから海は見えないかな。

「なあ、たまにはドライブでも行かないか?」

私はもう一度彼女の方を振り向いて言った。

「あら、うれしいわ。」

いたずらっぽい目が輝いた。

「じゃあ、あとでな。もう少し寝るよ。」

*******************

「ねえ、大丈夫? 疲れてるんじゃないの?」

その言葉に私は我に帰った。

「大丈夫? 少しお仕事お休みした方がいいんじゃないの?」
「いや、ちょっと考え事をしてたんだ。」

私の目の前には大好物のメロン色したソーダ水が置かれている。
ちょうど喉が渇いていたのでありがたい。

私はストローを使わずにグラスを持ってそのままひと口流し込んだ。

喉をしみわたるソーダ水の風。
そうそう、この感じが好きなのだ。
隣りで彼女がにっこりと笑っている。

窓の外を見ると、向こうの海を貨物船がゆっくりと通り過ぎて行く。

紙ナプキンにはインクがにじむから

店の中にはあの時と同じ曲がかかっている。

そう、ここにもまた1974年のあの日が残っているのだ。

「橋って素敵だわ。きれいだもの。」

港をまたぐ大きなつり橋を渡りながら彼女がつぶやいた。
小さな声だけどはっきりと聞き取れた。
そういえばあの頃は車にエアコンなんかなかったな。
いつも窓を開けて走ってた。
だから、声が聞き取れなかったんだ。

サイドシートのキミは体を少しこちらに向けて私の横顔を見ている。

穏やかな秋の陽に輝く遠い海を見ながら、私の休日が過ぎていった。