エンジンの数と安全性

昨日は羽田空港で「てはなんごん」が離陸滑走中にエンジンが爆発するという事故が発生しました。
パイロットなど関係者の対応が的確だったのと、爆発が発生したタイミングが離陸滑走開始直後だったために、大事故に至らなかったことは本当に幸いなことで、日ごろからの訓練のたまものだったと思います。
事故を起こした飛行機が「何かにつけて日本を悪者にする国」の飛行機だったことで、あの会社は事故が多いとか、いろいろ悪口を言うマスコミも見られましたが、相手がそうだからと言って、こちらまでそうなるのは、品格としていかがなものかと私は思います。
さて、現代は双発機と言って、エンジンが2発の飛行機が主流というか、ほとんどになりました。
私も航空業界を離れてはや7年が経とうとしていますが、その当時はジャンボジェットの愛称で親しまれたB-747や、MD-11などの4発機、3発機が多く活躍していましたが、このところ急速に数を減らしています。そして、ほとんどの飛行機が双発機になってしまいました。
エンジンが2つついているということは、まぎれもなく、飛行中に1発停止した場合に、残りの1発で安全に緊急着陸できるためのものです。だから、旅客輸送に使用する大型機は、エンジン1発の飛行機というのは認められていません。
でも、飛行中にエンジンの片方が停止した場合、もう片方で安全に飛行できるわけですから、極論を言えば、エンジン一つで飛ぶことはできるのです。
例えば昨日の事故の場合、もし離陸滑走中のもっとスピードが出ている地点で爆発が発生していたらどうなったでしょうか。
飛行機は、離陸滑走中に機体のトラブルなど不都合が発生した時には、離陸を取りやめるか、それともいったん離陸して上空を回ってから着陸するのか、どちらかを決断する「決心速度」というのが設定されています。
トラブルが発生したのにどうして離陸を途中で止めてはいけないのかというと、その時点で残された滑走路の長さで停止することができないからで、したがって、この決心速度というのは使用する滑走路、気象条件、飛行機の重量などによって異なります。
パイロットは毎回飛行前にこの決心速度を計算して確認し、速度メーターのその速度のところに、印をつけます。
そして、離陸滑走中にこの速度メーターの印のところに差し掛かると、副操縦士は「決心速度」であることを声を出して機長に伝えます。この合図の前であれば止める。合図の後であれば何があっても離陸滑走を続け、とりあえずいったんは離陸するというのが運航規程です。
昨日の事故機は、離陸滑走を開始したものの、まだ決心速度になる前でしたから、離陸を中止して急ブレーキをかけたということになります。
さて、ではなぜエンジンが爆発したのでしょうか。
事故調査官がこれから原因を究明しますから、関係者でもない私が理由を想像することはするべきではありませんが、思い出すのは今から30数年前、私が飛行機の勉強をしていたころに教官から言われた言葉です。
「ジェットエンジンが飛行中に停止するのはどういうときですか?」
私がそう質問すると、教官はこう答えました。
「ジェットエンジンというのは、バーナーみたいなものだから、一度点火したら基本的には止まることはない。止まるとすれば、パイロットがスイッチをオフにするか、燃料が切れるか、または爆発する時だ。」
今から35年も前の話ですから、今のジェットエンジンがどうなっているかはわかりませんが、今回、離陸滑走開始直後にエンジン内部が損傷して爆発を起こしたシーンを動画で見て、この時の教官の言葉を思い出したわけです。
その昔はアメリカやヨーロッパへ行く飛行機は、皆4発機でした。
どうしてかというと、洋上飛行など近くに着陸できる空港がないルートで、途中でエンジントラブルが発生した場合に、そのまま海を渡りきるか、戻るかしなければならないからで、エンジンが2つの双発機では、片方のエンジンで飛行して緊急着陸するまでの時間は60分間と定められていましたから、対岸まで2時間以上かかるような海の上は飛行することができませんでした。
1960年代に登場したボーイング727とボーイング737という2種類の飛行機がありました。
どちらも110~130名ぐらいのお客様を乗せるアメリカ国内線用の飛行機でしたが、ボーイング727の方はエンジンが3発、ボーイング737はエンジンが2発でした。
機体の大きさが同じぐらいなのに、どうして2種類の飛行機を作ったのか。その理由は洋上飛行で、アメリカ国内線用とはいえ、西海岸からハワイへ行くルートもあるわけですから、ハワイへ行くためには双発機では飛行が許可されていなかったため、同じ大きさでも2種類の飛行機が必要になったのです。
その後、エンジンの信頼性が向上したことで、双発の飛行機でも海の上を長距離飛行してよくなりましたから、3発のボーイング727はいち早く引退し、双発のボーイング737は、その後何度も改良が重ねられて、今でも主流の飛行機としてたくさん飛行しているのです。
さて、エンジンの信頼性が向上したから、今では洋上飛行を長時間することが可能になりました。
昨日もちらりと書きましたが、この規定をETOPS(Extended-range Twin-engine Operational Performance Standards) と言いまして、飛行中に片方のエンジンが停止したら、残ったもう片方のエンジンで飛行して緊急着陸できる飛行場にたどり着くまでの時間が定めらえているのです。
その時間が、昔は60分だったものが、120分になり、180分になり、最近では機種によっては300分以上の規定もあるようですが、これが双発の飛行機でもアメリカやヨーロッパ路線を飛べるようになった理由です。
航空会社は、このETOPSの規定を長時間に伸ばすために、双発機の運航実績を積む必要がありました。
自分の会社では、エンジントラブルによる引き返しや緊急着陸など発生していませんという実績を作り、60分から120分、そして180分へと「おたくの会社は大丈夫ですね。」と認めてもらう必要があったのです。
ご記憶の方もいらっしゃると思いますが、日本の航空会社がB777を最初に導入した時には、国内線専用でしばらくの間使用していました。そうして実績を積んで、ETOPS180を許可されるようになって、やっとアメリカやヨーロッパへの長距離便に使用できるようになったのです。
「どうしてヨーロッパも? シベリア大陸の上を飛んでいくのに。」
と不思議に思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、冬のシベリア大陸は雪に閉ざされていますから、緊急着陸する飛行場が限られています。つまり海の上と同じということなのです。
ここまではご理解いただいたと思いますが、エンジンの信頼性が向上したとはいえ、確率論として無視できる程度になったというだけのことです。飛行中にエンジンが停止するということは時として発生しています。
B777も飛行中にエンジンの調子が悪くなって、機長がそのエンジンを停止させて、緊急着陸した事例が日本国内でも何度も報告されています。
温度が高くなったり、油圧が規定値になかったり、いろいろな理由で飛行中に機長がエンジンを停止させて、適切な処置をして、緊急着陸しているわけで、特に大事故になっていません。
でも、離陸滑走中に何の前触れもなく突然エンジンが爆発する映像を見せられると、35年も前に教官が言っていた言葉を思い出すわけです。
もし飛行中に突然エンジンが爆発したらどうなるのか。
双発機ですから4発機のB747についていたエンジンの倍のパワーがあるわけで、それが爆発したらもしかしたら飛行機に損傷を与えるかもしれない。そして飛行機は損傷を負った状態で180分も飛び続けなければならない。
通常の「エンジン停止」ならばそのまま180分飛行できる計算でも、大きなエンジンが爆発したら、とても無理なんじゃないだろうか。
とまあ、そんな不安な気持ちになっている今夜なのです。
アメリカとヨーロッパでは考え方が違うようで、ヨーロッパのエアバス社では、シリーズで4発機をその後も作り続けていますが、ボーイング社は今のところ双発機だけ。
数字の上の計算では大丈夫かもしれませんが、本当に大丈夫なのかなあ。
B747全盛時代を過ごしたおじさんとしては、やっぱりB747が復活してくれないかなあと願うのでありますが、するとまた教官から言われた言葉を思い出しました。
単発機に乗っていた私が「やっぱり双発機の方がいいですよね。エンジンが2つの方が安心できますよ。」と言うと、教官は
「お前はバカだなあ。エンジンの数が増えるということは、それだけ心配のタネが増えるんだ。エンジンは1つの飛行機が一番よろしい!」とこう言われたのです。
私が、「????」と言う顔をしていると、教官は、
「エンジンが一つなら、もし止まったら覚悟が決まるだろう。よく覚えとけ!」と吐き捨てるように言われました。
はい、教官。
35年経った今でもはっきり覚えております。
私の人生、いつも後戻りができない崖っぷち。
しっかり覚悟を決めて挑んでいるのであります。
教官、私がコースを間違えないように、天国からしっかり見ていてくださいね。