盲人との世間話

銀座線を上野で降りて改札口を出たら、白い杖を持ったおじさんを見かけました。
改札口を出たところには黄色い点字ブロックが無く、おじさんは立ち止まっていましたので、
「こんばんは。お手伝いしましょうか?」
と声をかけました。
「それでは、肘をつかませてください。」とおじさんは私の肘をとって歩き始めました。
「どちらまでご案内しましょうか?」
「京成電車の乗り場まで。」
「ここからだと結構ありますよ。点字ブロックもないですから。私も京成ですから乗り場までご案内します。」
ボチボチ歩き始めると、おじさんは
「すっかり春ですねえ。もう間もなくすると、上野公園が花見の客で込み合う時期です。」
とお話を始めました。
どうやらおじさんはこの辺りには詳しい様子。
「京成電車はどちらまで。」とたずねると、
「小岩です。」
「そうですか。私も昔京成小岩に住んでいたことがありますよ。静かな良い町ですね。」
「今、新しいスーパーマーケットができたみたいですよ。ところであなたはどちらまで?」
「私はユーカリが丘です。」
「それじゃあ、18時のライナーですね。」
「はい、そうです。八千代台までライナーで行って、各駅に乗り換えです。」
「けっこう乗りでありますね。」
「はい、50分ぐらいですかね。」
「私の電車が千住大橋でいつもライナーに抜かれるんです。」
そんな話をしているうちに京成電車の乗り場に着きました。
おじさんは、
「私は42分に2番線から出る電車に乗ります。」
そう言って改札口で別れました。
「ホームまで行きましょうか?」
と聞きましたが、大丈夫とのこと。
どうやら毎日このコース、この電車に乗車されているらしい。
「ここは、ちょうど真ん中の自動改札ですよ。」
そう伝えると、私の方を向いて、
「ありがとうございました。助かりました。」と言って手を伸ばしてきましたので、私はその手を取って握手をしました。
「いえいえ、こちらこそ。お話楽しかったですよ。」
そして改札口で別れました。
白い杖の先で、自動改札の入口の位置をコンと確かめると、ポケットから出したパスモをピタッとタッチ。
位置が少し上方にずれましたが、ほぼ完ぺきな動作です。
毎日この時間のこのコースを通っていらっしゃるご様子でしたから、私の案内など不要だったかもしれませんし、かえって気を遣わせてしまったかもしれません。でも、喜んでくれたようなので、まあいいか。
つかの間の世間話ですが、たとえ眼は不自由でも、きっとおじさんには、私たちに見えていないものが見えているんだろうなあ。
そんなことに気付かされた時間でした。
空港の仕事をしていた時は、体に障害がある方のお世話を日常的にしていましたが、今日は久しぶりに世間話の相手になっていただきました。
おじさん、おじさんと申し上げましたが、お見かけしたところ、私と年はそう変わらないお方でした。
そうなんですよ。私より年上の方々の多くは、すでにリタイア世代になられているんです。
だから、通勤時間帯に毎日電車を利用することからも卒業されているんです。
今、通勤時間帯に電車に揺られてがんばっていらっしゃる皆様方の殆どが、自分より年下の方々というのが、この年齢の現実なのであります。
本日は、おもしろい出会いをいただきました。
世間では大変なことがありましたが、今日の無事に感謝です。