記念乗車券発売のお知らせ。

東京育ちの私は小学生のころから代々木と千駄ヶ谷の塾に通っていました。
家の近くにいくつも学習塾やそろばん塾などがありましたが、本当のところは勉強などどうでもよかったのですが、親公認で電車に乗れるので、わざわざ千駄ヶ谷と代々木の塾へ通っていたわけです。
だから、塾へ行くにはいつもカバンの中にカメラを忍ばせていて、帰りにあちらこちらで電車の写真を撮っていたわけですが、そういう状態ですから、ご多分に漏れず、塾で何の勉強をしたかは全く頭の中に残っておりません。
でも、当然なことですが、その当時撮影していた写真は、今でもしっかり残っているわけで、こういう写真を今引っ張り出してみると、「ああ、やっぱりせっせと塾に通っておいてよかったなあ。」と思うのであります。

▲総武緩行線101系三鷹行

▲中央線快速101系
これは昭和47年5月に撮影した写真ですが、この時の私は小学6年生。小さなバカチョンカメラですから、写真もこの程度でございますが、この時のお目当ては実はあと2か月後に迫った外房電化で消える運命にあったキハの急行「そと房」で、夏休みまで乗ることはできないけど、写真だけでも撮っておこうと思ったのです。

▲これがその急行「そと房」。千駄ヶ谷のホームで、緩行線の電車とかぶらないかドキドキしながら待ち構えて撮った1枚です。
塾で何を勉強したかは全く記憶にありませんが、列車を待っているときのドキドキ感は今でもはっきり覚えていますから不思議ですね。
そんな私が40年後にいすみ鉄道の仕事に就いていろいろな方とお仕事をさせていただくようになりましたが、そのお一人、結解学先生が、あるとき、「社長、俺、キハの急行の写真、たくさん撮ってるよ。」とおっしゃって、撮影された写真を持ってきてくれました。

▲急行「水郷」キハ26の5両編成。



▲新宿駅で発車を待つ房総急行です。

▲水道橋―御茶ノ水

▲両国駅に並ぶ「そと房」と「うち房」

▲こちらは同じ両国駅ですが、キハの「そと房」と電車の「うち房」
昭和44年に房総西線が電化されて、昭和47年に房総東線が電化されるまでの3年間だけ、このシーンが見られました。
結解学先生は私より3歳ほど年上ですから、私が小学校6年生の時に中学3年生だったと思います。
この年代の3歳の年の差というのはとても大きなもので、千葉の現役蒸機も実際には私もさんざん目にしていたのですが、写真に撮ることができませんでした。その時代を撮影されていらしたわけで、まして、将来プロカメラマンになる方の中学生時代の写真が残っているわけですから、私はとても感動したのです。
以前にも結解学先生が撮影されたこれらの写真をご紹介したことがあると思いますが、年末に先生にお会いしたときに、「社長、俺の写真、どんどん使って、いろんな商品作ってよ。いすみ鉄道に協力したいから、お金なんかいらないからさあ。」とおっしゃっていただいたものですから、今回、このような記念乗車券を作ろうと思い立ったわけです。


それがこの記念乗車券。
「キハ28-26記念切符セット」です。
ちょうど今年は平成28年ですから、平成28年2月6日を記念してこの切符を作ろうと思いました。
ところが、なんだかんだと忙しくて、なかなか企画が進まないうちに2月6日を過ぎてしまいましたので、気を取り直して、「それじゃあ、28年2月26日で行こう!」と半ばこじつけかもしれませんが、発売することにしました。
いすみ鉄道で活躍する国鉄急行形のキハ28が走っていればこそ企画できる切符なのはもちろんですが、私はキハ28と同じぐらいキハ26が好きなものですから、あえて28-26としてみました。
キハ28とキハ26は混成で走っていましたが、中にはキハ26を主とした編成もあって、一番上の急行「水郷」のように、小窓が並ぶキロ格下げの400番台やバス窓車などもあって、子供ながらにとても興味をそそられる存在でした。
もともと準急用として登場した車両ですから、車幅や車高などもキハ28と比べると見劣りするものでしたが、それが房総急行の味があるところで、この凸凹編成を今でも模型として再現するときにキハ26とキハ28は必須アイテムというわけです。
キハ52はこのキハ26と同じ車体規格ですから、今のいすみ鉄道の観光急行は、当時の房総急行の凸凹感を再現していると言えるのであります。
ということで、この28-26切符は2月27日(土)の発売予定。
限定500部ですが、そのうち100部のみに「28-2-26」の日付を刻印したものを発売します。
発売価格は1分2000円。
昭和の国鉄の硬券乗車券、急行券、指定席券を再現した切符セットになります。
いまどき、このような乗車券を作るのはいすみ鉄道だけ。
キハ26の急行時代を思い出していただける1作です。