ファーストクラスのサービスをプランする その3

ファーストクラスのサービスをプランすると偉そうに言っても、私は食べ物はおいしければ値段は安いほうがよいと思っていますし、お酒も鹿児島の島美人か黒伊佐錦という芋焼酎をこよなく愛していて、それも5合瓶で950円ぐらいで買えるから、1週間の酒代がせいぜい1000円程度ということになります。
高級料理も、それに合うワインの味などもわかりませんから、その世界を知っている友人たちにお願いして実験台になってもらったのが先日の「イタリアン・ランチクルーズトレイン」なのです。
そんな私でも、自分が好きな乗り物に乗るときはできるだけ奮発しようと思っていて、日本の大手2社はもとより、アジア系もアメリカ系もヨーロッパ系の航空会社も一通りファーストクラスやビジネスクラスのお客様になっていますし、新幹線だって、誰かと乗ったり、ご招待の切符をいただいて地方へ出かけるとき以外は、つまり、自分でお金を払うときは、グリーン車やA寝台を奮発するようにしています。
もちろん、サラリーマン時代から今に至るまで、そんな特別クラスや特別車両の料金まで会社が面倒見てくれるはずありませんから、ポケットマネーで乗るわけです。
でも、私は、この、ポケットマネーで乗るということが、実はとても大事なことだと考えるのです。
なぜなら、自分で身銭を切って、自分の財布からお金を払ってみると、簡単にお客様の気持ちを理解することができるからです。
「このサービスは、大したことないなあ。」とか、「料金の割には素晴らしい。」ということが実感できるのです。
ところが、世の中には自分が従事したり、企画したりする仕事について、自分がお客様になったことがない人がいます。
簡単に言うと、ファーストクラスのサービスをどうしようかと考える人たちや、ファーストクラスで実際にお客様のサービスを担当する人たちが、自分でお金を払ってファーストクラスに乗ったことがないわけで、せめてビジネスクラスに乗ったことがあればともかく、エコノミーが当たり前という人たちが、雁首揃えて企画会議やサービス会議でファーストクラスのサービスをどうしようか、と考えても、ファーストクラスのお客様が何を考えて、何を望んでいるかがわからないから、間が抜けたサービスを一生懸命やっていることになりかねないのです。
昨日、「その2」で書いた新幹線の車掌さんも、自分のポケットマネーでグリーン車やファーストクラスに乗ることはないでしょうから、エコノミー(普通車)もビジネス(グリーン車)もファーストクラスも一緒に考えて、ファーストクラスのお客様にさえ教育的指導をすることが正しいと思っているのだと思います。
それが杓子定規な上から目線であるということすら気づいていないのです。
もう10年近く前のことですが、タイのバンコックから成田まで、日系の青い翼のファーストクラスに乗った時のことです。現地を夜発って、朝成田に到着する便なのですが、朝、到着前に起こされました。
「お客様、朝食のお時間です。」
って。
この区間の飛行時間は7時間ほどですから、夕食を食べて数時間寝たらもう朝食の時間ということになるわけですが、私は到着10分前まで寝ていたいからファーストを選んでいるわけで、朝食などどうでもよいのですが、キャビンクルーは真面目な顔をして、「炊き立てのご飯はいかがですか?」と聞いてくる。
なぜかというと、当時その会社はギャレーに炊飯器を持ち込んで、ファーストクラスのお客様に「飛行機の中でご飯を炊く」というサービスを始めたばかりで、そういうサービスは他社ではやっていなかったから、クルーは一生懸命だったわけです。
当時、サービスをプランしたこの会社の人たちは、ファーストクラスのお客様へは、できうる最大限の「モノ」を提供しなければならない。
きっとそう考えていたんだと思います。
でも、ファーストクラスのお客様は、そんなにいろいろと物質的なサービスをしてほしいとは思いません。
ファーストクラスですから高いお酒と豪華な機内食が当たり前と思っているのは、ふだんファーストクラスに乗らない人たちで、そういう人たちがファーストクラスのサービスを考えると、「お客様、朝食のお時間ですから起きてください。」となるのです。
もうじき成田に着くし、日本に帰れば炊き立てのご飯なんてのは普通のことですから、今、ここで、「ご飯はいかがですか?」と言って、茶碗によそった炊き立てのご飯を出す意味が私には解らない。
そんなことより、高いお金を払ってわざわざファーストに乗っているのに、なぜ起こすんだ、というのがお客様の気持ちなわけです。
ファーストのお客様には最高のサービス(モノ)を提供しなければならないというのが、普段、エコノミーに乗っている人たちの考え方ですから、お客様とサービスを提供する側とに大きなギャップがあるのです。(だいたいファーストに乗れるような年齢になると、体にいろいろ支障が出てくるようになって、お酒も飲めなくなる人も多くなるし、豪華な食事など不要になる人たちが多いのです。)
同じころ、もう一社の方はどんなサービスをやっていたかというと、ファーストクラスでレトルトのカレーをお出ししますというサービス。
私がロンドンを夜の8時に出る成田行きのファーストクラスに乗った時のことですが、ファーストクラスの常連のお客様たちは、搭乗口から機内に入るとキャビンクルーに向かって、「離陸したら、すぐにカレー持ってきて。あとビールね。食べたら寝るから。」と口々にそうおっしゃるのです。
そして、離陸したら皆さん本当にカレーライスを食べて毛布をかぶって寝てしまった。
彼らは一日働いて、日本の航空会社の機内に「お帰りなさい。」と迎えられて、あとはゆっくり休みたい。だからカレーを食べたら眠るだけなんです。
サービスを提供する側も、豪華な料理や高級なお酒なんかいらないということを知っている。
これが長いこと国際線を飛んできたキャリア(経験)の差なんですね。
当時の赤い翼は会社の体制や体質はいろいろありましたが、サービスのツボを心得ているなあ、と思いました。
当時、ロンドンからのファーストクラスの機内では「握りずし」を出していましたが、皆さんカレーを食べて寝てしまうので、搭載したお寿司が大量に余る。そこで、私がよほど食いしん坊に見えたのでしょう。クルーは私のところに「お寿司いかがですか?」とたくさん握りずしを持ってきてくれるのはありがたいけれど、私だってロンドンにしばらく滞在しての帰り道。「帰ったら寿司を食べに行こう。」と思っていますから機内の半分乾いたお寿司はたいしてありがたくない。ファーストの機内でお寿司を食べて喜ぶのは外人客ぐらいなものです。
こういうことを何度か経験することは、私にとってサービスとは何かを考えるきっかけになりました。
ところで、同じころ、私が勤めていた会社はファーストクラスとビジネスクラスのお客様に、ニューヨーク―ロンドン線で世界初のあるサービスを開始しました。
ニューヨーク―ロンドン線といえば世界の中心を飛んでいるような路線。そこを飛び交うビジネスマンたちは正規運賃でガンガン飛んでいる国際ビジネスマンたちです。その人たちに提供した世界初のサービスとは、「機内では何もサービスしない」こと。
ニューヨークのケネディー空港ではチェックインした後、お客様をラウンジへご案内します。そのラウンジの中で食事をお召し上がりいただき、お酒を飲む人は飲んで、シャワーを浴びたい人は浴びてもらう。そして、飛行機に乗ったら離陸前に着替えのパジャマを差し上げて、離陸したらフラットベッドにして着陸までお休みいただくというのが、名付けて「ラウンジダイニング」というサービス。
つまり、飛行機に乗る前に機内サービスを提供して、機内では何もサービスしないことが最高のサービスだとしたのです。なぜならニューヨーク―ロンドンは6時間半。時差もありますから、夜の9時に出た飛行機が朝7時にロンドンに着いてしまうわけで、着いたら1日の仕事が待っているビジネスマンとしては、機内では食事などより、しっかり眠りたいというのが本音だからです。
到着地のヒースロー空港では「到着ラウンジ」というのを設けて、今着いたファーストやビジネスクラスのお客様へ朝食やシャワーを提供する。
そうすることで、機内でたっぷりお休みいただくことを主眼にしたサービスです。
前述の青い翼の会社が、同じように6~7時間の夜行便の機内で一生懸命ご飯を炊いてサービスしているときに、世界の中心では何もしないサービスを開始していたのです。
今でこそ、日本の航空会社にもその考えが浸透してきて、東南アジアからの便ではファーストやビジネスクラスでは機内食のサービスはしません。というサービスも当たり前になってきましたが、要はお客様が何を求めているかということがわからない人がサービスを考えたり提供したりしていると、お客様から見たら「あれれ?」と思うようなことになるのです。
もっとも、機内サービスもビジネスマンが多い路線と観光客が多い路線ではお客様が求めるものが違いますし、曜日や時期によっても内容を変えなければなりませんから、一概にこうあるべきだというわけではありませんが、「何もしないことが最高のサービスです。」という路線と知らないで、高いお金を払って上級クラスに乗ると一晩ひもじい思いをすることになるかもしれませんから、飛行機に乗ったらおいしい機内食が待っているのが当たり前と思っている皆様方は要注意ということなのです。
私も航空会社を辞めていすみ鉄道に来てから4年の月日が流れました。
このあたりで、世界の最先端で仕事をしているファーストクラス、ビジネスクラスのお客様へのサービスや考え方を、ローカル線に投入してみるのも良いかなあと考えています。
何度も申し上げますが、ファーストクラスのお客様というのは物事の本質を理解されていらっしゃる方々です。
だから、車両が古いとか、設備が貧弱だとかではなく、どのようなコンセプトで、どのようなサービスを提供しようとしているのか、そのポリシーが問われるのです。
ということは、お金がないいすみ鉄道でもじゅうぶんに勝負できるということだと考えているのです。
豪華な設備で、豪華なお酒や食事がファーストクラスのステイタスだと考えていらっしゃるのは、エコノミークラスの方々なんです。
もちろん、私も、いすみ鉄道のスタッフも、自分が乗るときはエコノミークラスかもしれませんが、気持ちだけはファーストクラスになって、究極のサービスを提供することで、ファーストクラスのお客様に接することができるようになる。
彼らは何らかのオーラを持っていますから、そういう方々にいすみ鉄道にご乗車いただくことで、スタッフの気持ちも、地域もみんなひっくるめて上昇スパイラルに転じることができると考えています。
ところで、ファーストクラスのお客様といっても中には「お金さえ出せば何でもできる」と思っている人もいます。
つまり「成金」なわけですが、そういう人は、豪華な設備、豪華なお酒や食事を求めるかもしれませんが、目の前のお客様がそういう人かどうかを見ぬくのもファーストクラスのサービススキルなんですね。
新幹線のファーストクラスで渡されたメニューには、「洋食弁当か和食弁当のどちらか1つをお選びください。」と書かれていました。
こういうメニューの書き方を見ると、いかに新幹線のファーストクラスが成金の集まりかということも解るわけで、メニューにこう書くということは、サービスを提供する側が自分自身で品位を下げているということなんです。
だから、いすみ鉄道では最初からお酒やソフトドリンクを飲み放題に設定していますし、観光路線のファーストクラスとして、おいしいお料理を食べきれないほど召し上がっていただくスタイルなんです。
これが、いすみ鉄道がファーストクラスのサービスを導入するコンセプトです。
若い鉄道ファンの皆様もできるだけ上を目指して頑張りましょう。
ファーストクラスのお客様の「考え方」を理解できれば、将来必ずファーストクラスが手に届くようになりますよ。
おっと、その前に、手が届く範囲として、とりあえず列車の中でカレーライスを食べてみましょう。
これだって、最高ですよ。
カレー列車も近日運転予定です。
(おわり)