大井川鐵道の寿司列車

大井川鐵道では4月5月に列車の中でお寿司を召し上がっていただく列車を走らせます。

その名は「長距離客車列車・12系ボックスひとり旅」。
午前10時から午後4時40分過ぎまで、6時間半以上かけて列車に乗り続けるという昭和の長距離客車列車を再現した企画で、その旅の途中で「にぎり寿司」を提供させていただくものです。

にぎり寿司と言っても食堂車「オハシ」のような厳かなものではなく、パックに入った弁当スタイルのお寿司を車内販売員がお渡ししますので、あとはご自身でお楽しみくださいというカジュアルなものになります。

せっかく静岡県にいらしていただくのですから、地元のおいしいものをお召し上がりいただきたいというのが基本コンセプトなのですが、清水の次郎長親分の時代から静岡といえばお寿司でしょうと私は勝手に思っていまして、そのおいしいお寿司を鉄道ファンの皆様方にお気軽にお召し上がりいただきたいというのが基本姿勢なのですが、もう少し詳しくお話しさせていただきたいと思います。

このお寿司をご提供いただく「寿し宗」さんは大井川鐵道の線路のすぐ横にお店を構えています。
お寿司はもちろんですが、ランチもおいしくて私も時々お伺いしていました。

あるとき、ご主人さんに「なぜメキシコ寿司なんですか?」と聞いたんです。
こう言っては何ですが、私はお寿司を握っているご主人がメキシコ人だと思っていたのです。
失礼ながら何となく風貌が日本人離れしていたものですから。

そうしたら「私は日本人です。」と言われました。
すでに他界されていらっしゃいますが、先代のご主人であるお父さんは戦前の生まれで終戦後に愛知県で警察官になられたそうです。
そして家庭を持たれてお子さんもいらっしゃいました。
そこへ悲劇が襲います。
昭和33年(1958年)の伊勢湾台風です。
警察官だったお父さんは非常招集を掛けられて夜通しの勤務でした。
市民の生命財産を守るために防災の勤務に当たられました。
翌日、勤務を終えて家に帰ると周囲は大洪水に見舞われた後で、自宅で奥様と小さなお子様が亡くなられているのを発見しました。

他人の生命財産を守る仕事なのに自分の家族は守れなかった。
失意のどん底に突き落とされたお父さんは働く意欲を失い、自分が警察官であることを悔いました。
警察官でなければ非常招集を掛けられることもなく、台風から愛する家族を守ることができたはずだ。
失意の数年間を過ごし自暴自棄になっていた姿を見て義母が諭しました。

「あなたはまだ若いのだからやり直しなさい。その方が娘も喜びます。」

本当は娘と孫を失ったお母さんの方が悲しかったのかもしれません。
にもかかわらず自暴自棄になっていた娘婿を見るに見かねてそう諭してくれたお母さん。
そのお母さんが縁談を勧めたのは、やはり伊勢湾台風で被害を受けた近所の幼馴染でした。

お父さんは再婚後、警察官をやめ寿司職人になりました。
兄弟で力を合わせて寿司屋を繁盛させたところで、以前から抱いていた大きな夢である海外移住を目指すようになります。
昭和40年のことです。
当時、日本では新天地を求めて海外へ移住する人たちが多くいました。
農業での入植はブラジルやアルゼンチンなど。
アントニオ猪木も家族に連れられてブラジルへ入植した一人です。
でも、お父さんの仕事は寿司職人です。
寿司職人では移住できなかったため、警察官時代に極めた柔道の師範という名目で、当時移住可能だったメキシコへ向かいます。

ただし、メキシコでの生活も悲惨だったようで、数年で家族を連れて日本へ戻ります。
そして奥様の希望もあって富士山の見える静岡県で寿司屋を開業します。
それが「寿し宗」です。

現在のご主人は昭和39年生まれの佐次本英人さん。
生まれたばかりの英人さんを連れてお父さんはメキシコに移住したのです。

ご主人の佐次本英人さん(右)
私は最初、メキシコ人だと思っていましたが、日本人です。(笑)
左はメキシコ人と日本人のハーフの贄田マンサノ貴志フランシスコさん。
寿司職人歴30年のベテランです。

ということでメキシコ寿司の由来は警察官から寿司屋になった佐次本宗平さんがメキシコを目指したことから付けられたネーミング。
先代の宗平さんがメキシコ人になんとか日本のお寿司を食べてもらおうと現地で考案したのがアボカドのお寿司です。
今でこそアボカドのお寿司は一般に知れ渡っていますが、どうやら寿し宗の宗平さんがメキシコで考案したのが始まりのようです。

昭和33年の伊勢湾台風の悲劇から始まりましたが、昭和33年といえば東海道本線に特急「こだま」が登場した年。
再婚後に英人さんが生まれたのが昭和39年。東海道新幹線が開業した年です。
メキシコでの移住の夢に破れて帰国して静岡に戻り寿司屋を開いたのが大阪万博のころ。
寿し宗というお店がたどって来た激動の昭和が、私の目には大井川鐵道がテーマとしている昭和の国鉄にピタリと一致して見えました。

そして、大阪万博の年に多客輸送用として新製投入されたのが12系客車ですから、私はこの「寿し宗」のお寿司を12系客車の中でお召し上がりいただくことで、激動の昭和の何かを皆様方にお伝えできるのではないかと考えたのです。

お寿司は大トロが入った特上寿司。
メキシコ寿司の代表としてアボカドとエビマヨが1巻ずつ入ったものになります。
(その日によって多少の変更が入る場合が合います。)

お寿司列車なんて今時珍しくないという方もいらっしゃるでしょうし、おいしいお寿司屋さんなら他にいくらでもあるかもしれません。
ただ、私としては、大井川鐵道の線路のすぐ横にお店を構える「ふつうのお寿司屋さん」にも、実は激動の昭和を生き抜いてきた歴史があるということを皆様方に知っていただいて、そのお寿司を12系客車の中でお召し上がりいただきたいというのが、今回寿し宗さんにお寿司をお願いした最大の理由なのです。

自分が歩んできた時代と重なるものですから、涙が出てくる思いですが、そういうセンチメンタルな旅も良いものだと思えるようになりました。

汽車旅ってそういう一面もあると思いますが、いかがでしょうか。

もちろん平成生まれの若い皆様も、今時貴重な機関車けん引の客車列車の旅で、人生を豊かにする経験を積んでいただければという願いを込めて。

実は、すでに絶版となっているようですが、先代の書かれたこんな本がありまして、上の記述はこの本に書かれていることを引用させていただきました。

▼運転日が限られますので、昭和の長距離列車の旅をご希望のお客様は、お早めにお申し込みいただきますようご案内申し上げます。

【ボックス席独占プラン】長距離客車列車・12系ボックスひとり旅 | 大井川鐵道【公式】

皆様方のご乗車を心よりお待ちいたしております。