陽が短くなりましたね。
6時になるともう暗くなってきています。


夕暮れの新金谷駅でこの景色を見ていた時、私の脳裏に60年前の光景が浮かびました。
私は昭和39年から40年ごろにかけて房総西線(今の内房線)の巌根というところに住んでいました。
当時は電化前で、ディーゼルカーと蒸気機関車が引く列車が走るところでした。
巌根の集落には商店が少なかったので、時々母親に連れられてバスに乗って木更津へ出かけました。
当時の木更津はとても賑わっていて、駅前にはマーケットのような場所があって、坂本デパートという4~5階建てのデパートがありました。
木更津に着くと、私はいつも線路の横の、こんな木の柵があるような場所に連れていかれて、「ここで待ってなさい。」と言われました。
そう、こんな場所なら柵越しに汽車が見えますから、4歳ぐらいだった私は、母親がデパートで買い物をしている間、たぶん30~40分も一人でいい子にしてここにいたのでしょう。
除煙板をいからせたラッパ煙突の機関車が行ったり来たり。
私はその光景に見とれて、何十分でもここで汽車を見ていたのです。
しまいには木更津に着くと、「僕はここで待っているから」と自分からこんな柵の場所に来て、一人で汽車を見ていたのです。
昨今は便利な世の中になりまして、グーグル様に「あの場所はどこだったのだろうか?」と問えば、「ここですよ」と教えてくれます。
60年前に4~5歳の坊主が、おふくろさんが買い物をしている間、じっと一人で汽車を見て待っていた場所です。

木柱からコンクリートに変わりましたが、今でも私が見ていたような景色が広がっているんですね。
夕方になると巌根の駅までよく散歩に行きました。
道順はよく覚えていませんが、覚えているのは林の中に郵便局があって、その林を抜けると駅裏の田んぼ道に出るんです。
まるでトトロの世界ですね。
まだ赤ん坊だった妹を乳母車に乗せて、その乳母車を母親と一緒に押しながら線路が見えるところまでやってくると、駅の木更津方に小さな踏切があります。
駅へ行くにはその踏切を渡らなければなりませんが、だいたいいつもその辺りでやってくる列車を待ち受けます。

今思えば多分この辺だったんじゃないかな。
夕暮れ時に発車していく汽車を見て、背中のコブが1つの機関車と2つの機関車があることを知りました。
後になって分かったことですが、背中のコブが1つの機関車はC58かC57で、コブが2つの機関車はハチロクだったのでしょう。
夕日にピカピカ輝く地下鉄みたいなディーゼルカーは当時房総に配置された国鉄初のステンレス試作車のキハ35‐900番台。
列車が走っていくその先には出光の製油所の煙突があって、その煙突の先からは赤い炎が燃えている。
そんな景色が私の原風景なのです。
そして、そういう原風景は、ある日突然、何の前触れもなく私の頭の中に現れるのです。
新金谷の駅の木製の柵と、その向こうに停車する客車。
そんなことが引き金になるんですね。
「ひとつ柊冬の花、日の暮れ時に咲いてます。」
これ、当時私が父親から読み聞かせられていた絵本の数え歌です。
「3つみみずく鳴いている、三日の月の森の中」
「7つ鳴り出す鳩時計、なんだかひっそり聞こえます。」
ところどころしか覚えていませんが、最後の10ははっきり覚えています。
「10は遠くの汽車の音、父さん帰りの遅いこと」
今と違って夜が暗い時代でした。
田舎の森にはフクロウが棲んでいて、駅から降りた人たちは暗い道を家路を急いでいたことでしょう。
家にはテレビもない時代でした。
時計の音が部屋中に響く、そんな家でしたが、その時遠くで汽車の汽笛が「ポ~ッ」と鳴ります。
すると母が
「ほら、もうじきお父さん帰ってくるわよ。」
そうしてしばらくすると玄関の扉がガラガラと開いて、「ただいま」と父が帰ってきます。
そんなシーンが私の原風景です。
もうかなり前になりますが、母に「巌根に行ってみようか」と聞いたことがあります。
その時母はあまりよい返事をしませんでした。
そんな母を見て私は気づきました。
自分にとっては大切な思い出、原風景かもしれないけれど、母にとっては思い出したくないこともあるのかもしれない、と。
考えてみれば父と母が不仲になりだしたのも、あの頃からかもしれない。
そういうことに気づいた私は、それ以来自分の原風景を封印しました。
そう、行ってみたいとは思うものの、実際に行く気にはならなくなったのです。
故郷は遠くにありて思うもの。
今、こうしてグーグル様に行きたいところへ連れて行ってもらえるのですから、私はこれで十分に満足することにしています。
まぁ、昔あこがれていたクラスメートの女の子には、今更会おうと思わない方が幸せでしょう、というのと同じことかもしれませんね。
私のことをあこがれてくれていたクラスの女子も、今更私には会おうと思わない方がよいですよ、というのと同じなのです。
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