コンコルド

皆さん、覚えていますか?
コンコルド。
超音速旅客機。

私のベッドサイドにはコンコルドの写真が飾ってあって、毎日良い夢が見られておりますが、調べてみたらコンコルドが引退したのは2003年ですから、もう23年も前のことになるのですね。

超音速旅客機、コンコルド。
私が勤めていた会社はコンコルドを飛ばしていました。

会社の規模もそうですが、この超音速旅客機コンコルドを飛ばしていたのですから私は自分の会社を誇りに思っていて、全世界に就航している路線数もそうですが、私は日本の航空会社は自分の会社には及ばないと思っていました。

当時、コンコルドはロンドンとニューヨークを結んでいて、1日2往復飛んでいました。
その便名が1便、2便、3便、4便。
当然ですが会社の看板フライトですから、そういうナンバーを付されるわけです。

昔、国鉄の看板列車だった寝台特急「さくら」が列車番号1番を背負っていたのと同じですね。

で、その次の5便、6便、7便、8便というのが東京便だったのです。
つまり、本社から見れば日本というのはそれだけ重要路線だったということですね。
その重要路線の日本の玄関口であった成田空港に、コンコルドを飛ばしている会社の極東の一社員ではありますが、働かせていただいていたのですから、とにかく私は私なりに会社のために一生懸命仕事をしていたのであります。

さて、話はコンコルドに戻りますが、私は30代のころ1度だけ乗ったことがあります。
当時、閑散期に職員用にときどきオファーがありまして、確か500ポンドぐらいでしたから10万円以上してましたが、つまり職員割引で、コンコルドはファーストよりも運賃は高かったですから、多分ですけど正規運賃ではロンドンからニューヨークまで100万円はしていたと思います。
だから、10万円は安いわけで、「安い!」と思って乗りに行ったのであります。長男を連れて。

当時彼は確か中学生ぐらいだったと思いますが、自分の子育て時代を振り返ってみると、長男には一番力を入れていたような気がします。何に力を入れていたのかというと、まず小さいころから電車を教え込む。休みの日には上野や東京に連れて行って電車を見せるわけです。
大きくなったら教育ね。
がり勉を育てるのではなくて、高校生でロンドンにホームステイさせたりなど、いろいろとやっていたわけですが、ファーストクラスやビジネスクラスに乗せて、世の中にはこういうものがあるから、「大人になったら自分のお金で乗れるようになりなさい。」と教育していたのです。
で、その一環としてコンコルドに乗ろうと思いまして、ロンドンまでファーストクラスで飛んで、コンコルドでニューヨークへ。そしてニューヨークからビジネスクラスで帰ってくるような世界一周をしたのでありました。

さて、そのコンコルドですが、BA1便は午前10時ロンドンヒースロー発だったかな。
ハットンクロスというところに飛行機の踏切がありまして、格納庫から出てくる飛行機が通る時には道路の踏切が閉まるのです。
ロンドンで訓練を受けているときに、朝ホテルからトレーニングセンターへ向かうバスがいつもその踏切に引っかかって、「何が来るんだろう」と見ていると、格納庫から出てきてターミナルへ向かうコンコルドが通っていく光景が目の前に広がりました。

夕方、トレーニングセンターでの訓練を終えて建物の前でバスを待っていると、トレーニングセンターはヒースローの滑走路への着陸進入経路の真下にあったのですが、コンコルドが爆音とともに降りてくるのです。
朝見たコンコルドが、ニューヨークを往復して帰ってくる時間でした。

そんな会社に勤務していたので、一度コンコルドに乗りたいと思っていて、ちょうど職員用の体験オファーが出たところだったので、「10万円は安い!」と思って、長男を連れて、つまり20万円コースですが、乗りに行きました。

で、コンコルドは出発ロビーとか無いんです。
ふつうはゲートの前に乗客が待っている出発ロビーがあるでしょう。
あれがなくて、当時、ターミナル4の付け根のあたりにコンコルドのお客様専用のラウンジがありまして、そこから直接飛行機に乗り込みます。
そのラウンジというのも、コンコルドは特別で、今でこそファーストラウンジでは当たり前ですが、シェフがいて出来立てのお料理を出してくれたり、シャワールームがあったりしました。

コンコルドの機内に入ると片側2列のナローボディーですから、当時のYS11と同じ感じで、シートピッチもエコノミーとほぼ同じ。これでファーストよりもお値段が高いのかと思いましたが、乗っているのは皆さん欧米のリッチマンばかりでしたから、おとなしいもんです。
離陸して、かなり高い高度を飛びましたから、窓から外を見たら青空ではなくて、空が黒いと思ったのを覚えています。
もう、宇宙に近かったのですね。

当時の飛行機は機内の後ろの方は喫煙席があって、当然ですが何となく煙のにおいがしてきていたのはコンコルドも同じでしたが、一番後ろの座席でタバコをふかしていた革ジャンを着たオヤジがいましたが、キース・リチャードでした。
そう、あのローリングストーンズのキースリチャード。
つまり、コンコルドというのはそういう世界だったのです。

おもしろかったのはロンドンを午前10時に出たコンコルドがニューヨークに着くのが午前9時半。
どういうことかわかりますか?
つまり、地球の時点よりも早いんですよ。

ニューヨークに到着した時にクルーに聞いたんです。
「このままロンドンへ戻るの?」って

そしたら「今日はニューヨークでステイ」と言われたのですが、わずか3時間半の乗務で、午前9時半に勤務が明けてしまうのですから、コンコルドの乗務はそれだけ特別だったのだと思います。(多分、疲労感も違っていたのでしょう。)

というのが今から30年前の私のコンコルドの思い出。

乗ったのはその1回きりでしたが、その後、しばらくしてエールフランスのコンコルドが墜落事故を起こしたり、アメリカの同時多発テロがあったりで、気が付いたら退役してしまいました。

というのが私のコンコルドの思い出です。

だんだんボケてくるといろいろなことを思い出せなくなる危険性がありますから、今日は備忘録がてら、コンコルドの搭乗記を書いてみました。

当時はまだデジカメ普及前でしたので、千葉の家に帰ればプリント写真がどこかにあると思いますが・・・

そうそう、その後ですが、コンコルドの座席が社内で売りに出されたのですが、縁あって私が購入しました。
2却セットですが、うちの倉庫に眠っています。
欲しい方がいらっしゃいましたらお譲りしますよ。
年季が入っていますが、まぎれもなくコンコルドの座席です。
2却セットで100万円でいかがでしょうか。
3時間半で2人で200万円のコンコルドの座席に、ご自宅でずっと座っていられるのですから、安いもんでしょう。(笑)
多分、日本には私の先輩のNさんの家と私の所と、2つしかないと思います。

Facebookにこんな動画が流れてきたので、懐かしく思いました。

(20+) BBC Archive