ある時、私が房総半島の山の中の小駅のベンチに座っていると、顔見知りのお兄さんが声をかけてきました。
お兄さんと言っても私より10歳ぐらい年下ですからすでにおじさんでしたが、私から見たらお兄さん、いや、あんちゃんで、そのあんちゃんが煙草をくわえながら隣に座りました。
「社長さあ、おれ、あのキハなんだけど、どうしてあれにみんな夢中になってるかわからないんだ。」
「まぁ、そうだろうなあ。わかるやつにはわかるけど、わからないやつにはわからないからね。」
キハを求めて日本全国からたくさんのファンがやってくる時代でした。
「でさぁ、おれ、聞いてみたんだよ。」
「何を?」
「あのキハのどこがいいのかって。」
「誰に?」
「田んぼでカメラを構えてキハを待ってる若い連中がいたからさ。」
ほう、なかなか好奇心旺盛な男だ。
人生50にもなるとわからないことをそのままにしておく人間が多くなる。
そのままにしておくだけならまだしも、自分に理解できないことを否定してくる人間も多い。
つまり、それが爺さんになるってことなんだけど、それを自覚できていないんだな。
ある程度人間年を取ると、特に自分より年下の人間に対して「わからない」って言えないからね。変なプライドでね。
まぁ、わからないくせにわかったふりをしてる人間が一番たちが悪いか。
ちょっと会話すればすぐにバレちゃうんだけど、どうしてそういうことをするかなあ、というのもいる。
てか、地方都市においては、そういう爺さんたちが牛耳ってるから、まぁ、推して知るべしなんだけど、その点この男は偉いな。
わからないことをそのままにしないんだから。
まして、若い連中に素直に教えを乞うってのは、見上げたもんだ。
私は面白くなって話を聞いた。
「で、何て言ってた?」
「そしたらさ、そいつら言うんだよ。」
「なんて?」
「おじさんさあ、王と長嶋の世代でしょ?って」
「まぁ、そうだよね。」
「おじさん、今、ここに王と長嶋が一緒にやってきたらどう思う?」
「ほう、そりゃ凄いわ。」
「でしょ?だから俺もね、『そりゃ凄いわ』って言ったんだ。」
「で?」
「そうしたらさ、あのキハって、俺たちにとってはおじさんの世代の王と長嶋と同じなんだよ。あれが2両でやって来るって、王と長嶋が一緒に来るのと同じ。そのぐらい凄いことなんだよね。って言われたよ。」
そう言って彼は妙に納得した表情になった。
その若い連中の説明能力はすごいものだと思った。
「じゃあ、そこに止まってるキハは堀内かな。」
私がそう言うと、
「あれは30番だから江川だよ。」
その男は笑いながらそう言って「じゃあね」と町の中へ消えて行った。


▲大多喜町で活躍する郷土写真家 渡辺新悟さんのアルバムから。
そうなんですよね。
私たちの世代にとっては王と長嶋と言えばヒーローでしたから。
いや、今でもヒーローですよ。
その長嶋茂雄さんが先日お亡くなりになりました。
私は千葉県佐倉市ですが、佐倉市と言うと多くの皆様方から「長嶋さんのところですね。」と言われます。
そう、市民の自慢が名誉市民の長嶋茂雄さんです。
いつまでも元気でいてほしかったけど、いつまでも元気でいるわけはないですよね。
キハと一緒に過去になってしまったのは、ひとつの時代が終わったということなのでしょうか。
今度帰ったら、ここへ行ってみようかと思っています。
【佐倉市】長嶋茂雄記念岩名球場 展示室は7月3日まで毎日公開…名誉市民、長嶋茂雄さんに哀悼を込めて(ヒロシキ) – エキスパート – Yahoo!ニュース
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