先週末のこと。
昭和のガール・フレンドと久しぶりにデートすることになりまして、昔だったらポパイとかホットドッグという雑誌を貪るように読むのですが、今はネットの時代。
いろいろと調べたのです。
どこかおしゃれなお店でランチでもしようかと。
いつもはせいぜいファミレスか回転寿司ですけど、たまには良いかなと。
で、都心のおしゃれなホテルのランチを検索すると、な、な、なんとどこもご予算1人8000円コース。
これがスタンダード。
しかも、驚いたことに予約がどこも一杯で席が取れません。
ランチですよ。
8000円。
にもかかわらず、予約が取れないとはこれ如何に。

これは2年ほど前ですが、京都のホテルでの朝食料金。
お一人様3800円。
この時驚いてブログに書きましたが、実は去年泊った横浜のホテルの朝食は4500円。
2人で栄一さんを出したら柴三郎が1枚帰って来ただけです。
朝食でその値段ですから、当然ではありますがランチは8000円はするでしょうね。
でも、驚くことにホテルの朝食会場は入口に行列ができているし、ランチブッフェは満席で予約が取れないのです。
これが今の世の中の現実です。
ということで、そんな私が思い出すのは昭和のあの頃。
いわゆるバブルと言われていた時代です。
とにかく予約が取れない。
ホテルのディナーも、スキー場も、ビーチリゾートも。
しかもどこも目ん玉が飛び出るぐらい高い。
庶民感覚では「よくこんな高いところに泊まれるなぁ」と思えるぐらいの金額のホテルが満室なのです。
そして、不動産価格も、今日買わなかったら明日になったらもう買えない。
毎日毎日物価が上がる時代を私は20代の頃に経験してきました。
そうだったなあ。
何でも高くなっていって、驚いた時代を思い出すのです。
で、こういう時に私が見るのは昭和の時刻表。
昨日はブルートレインの話をしましたが、今日はお値段のお話。

この時刻表は私が18歳の時のものですが、以前にお話ししたかもしれませんが、当時、上野の日本食堂という会社で食堂車に乗り込むアルバイトをしていました。
その時の日給が3000円でした。
1日8時間働いて3000円。
当時としては悪くないバイトでしたが、時給換算すると375円。
私が10代後半の頃はそんな時代でした。
いや、10代後半だけではありません。
子供のころから毎年毎年物価が上がるのが当たり前というのが日本だったのです。
当時の駅弁のお値段。
東京駅のチキン弁当が600円。
横浜のシュウマイ弁当が500円です。
今、最低賃金が1000円を超えていますから当時の時給の約3倍。
ということはお金を換算すると東京駅のチキン弁当は今1800円になっているはずで、横浜のシュウマイ弁当は1500円になっている計算です。
でも、チキン弁当は980円。シュウマイ弁当は1180円。
だとすると、今の物価はまだまだ安いということになると思いませんか。

同じ時刻表の食堂車のページ。
メニューをご覧ください。
時給375円の時代ですよ。
日本食堂のビーフシチュー定食が1550円。
ということは、今の時給が3倍として4650円ということになります。
私はどうしても食堂車というものを体験してみたくて、恐る恐るドアを開けて席に着いたのですが、カレーライスしか食べられませんでしたが、それでも700円だったと思います。
今のお金で言うと2100円ですね。
極めつけは都ホテル列車食堂のサーロインステーキコース。
3000円です。
ということは、今のお金で言うと9000円になります。
昨今は食堂車というと観光列車の豪華食堂車という時代になりましたが、当時は4人掛けのテーブルで混んでくれば相席という時代です。
私がカレーライスと食べているその同じテーブルで、向かい側に座ってサーロインステーキを食べているおじさんがいるという時代です。
そういう時代を経験してきた人間としては、今の物価高というのはまだまだだと感じていますから、これからの時代はもっと先を見据えて商売をしていかなければならないと思いますが、これは40年以上も前の話ですから、おそらく50歳以下の人たちは物価が上がるという経験をしたことがない世代だと思います。
だから、どうしたらよいのかとても不安になると思いますが、物価が上がるとどういうことが起きるかというと、賃金も上がるのです。
だって、簡単に言えば最低賃金って毎年上がっているでしょう。
これが世の中です。
ただし、順番から言うと必ず物価が上がるのが先で、賃金の上昇はその後なのです。
昔から「物価に追いつくサラリーは無し」と言われていますが、まず物価が上がらないと、賃金が上がる原資ができませんから、必ずそうなっているのです。
おそらく1~2年遅れで賃金は上がります。
これが経済です。
何しろ昭和の時代は銀行金利が7%以上あったのですよ。
銀行に定期預金を預けると、1年間の利子が7%。
そういう時代でした。
ということはどういうことかというと、実際の物価は7%以上上昇していたのです。
なぜならば、定期預金でお金持ちになった人は昔も今もいないからです。
銀行にお金を預けていると預けたお金が目減りしてします。
そういう時代でしたから、皆さん投資をしようということで、手っ取り早い投資として不動産を買いあさったのがバブルの始まりです。
アルバイトで1日働いて3000円もらった時代の食堂車のステーキが3000円ですから、ガール・フレンドとデートするホテルのランチブッフェが8000円というのは、そう考えると決して高くはないと私は思います。
でも、8000円のランチを昭和のガール・フレンドと一緒に食べる気は私は起きませんでした。
「お父さん、こんな高いお店、よしましょうよ。」
そう言われるのが落ちですから。
そう、昭和のガール・フレンドはなぜか私のことを「お父さん」と呼ぶのであります。

ということで、私は港の見えるレストランに目的地を変更したのであります。
皆さん、いつまでも安い物価の日本ではありません。
早いところ頭の中身を切り替えないと、時代に取り残されてしまいますよ。
と、昭和のオヤジとしては、「あの頃はこうだった」と思い出しながら次の手を考えているのです。
なぜなら私の仕事は一生懸命働いてくれている鉄道マンたちの手取りをどうやったら増やすことができるかということだからです。
そう考えると、とてもじゃないけど8000円のランチなど食べる気もしないわけですが、世の中の変化を敏感に感じ取るためには時としてそういう投資も必要なのであります。
今度は令和のガール・フレンドを誘ってみるかな。
でも、きっと8000円じゃ済まないからやめておきましょう。(爆)
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